熱球日記 -153ページ目

Mr.ベース投げ

広島カープ・ブラウン監督のことです。

判定に納得いかず、一塁ベースを引っこ抜き、投げた事件は記憶に新しい。

いやあ、笑った。

ブラウン監督は、今シーズン、監督の最多退場記録に並んだらしい。

でも、暴力沙汰での退場というのではないのがいい。
退場時のパフォーマンスも笑いを誘うものばかりだ。
自分は広島のファンではないが、ブラウン監督は結構気に入った。

背番号

皆さんの好きな背番号は何番ですか?

因みに、自分の背番号は「24」です。

何故「24」かというと、たまたま空いていたから(笑)。

でも、何年も背負うと誰にも渡したくなくなった。

それに、西鉄ライオンズの大エース稲尾和久投手の背番号だったこともあります。

立派な背番号を背負った割に、野球の才能は、本家には到底及びません(笑)

サチェル・ペイジ

いつぞや、地元新聞のコラムで「サチェル・ペイジ」の名前を見つけた。

「サチェル・ペイジ」とは黒人差別の壁を乗り越え、四十二歳でメジャーリーグデビューした伝説のピッチャーだ。

屈指の快速球(時速170キロはあったらしい)と、絶妙のコントロールが武器で数多くの伝説が残されている。

その伝説もホラ話と紙一重の内容が満載で、中には抱腹絶倒もののエピソードも存在する。

例えば、9人連続三振を奪うと宣言して、外野手を全員内野へ集め、宣言通り三振に討ち取った。

彼はメジャーデビュー前に黒人リーグでプレーしていたが、そのリーグのレベルは極めて高く、まさにホラ話まがいのエピソードの選手たちばかりが集っていた。

通算1000ホーマー打った選手がいるかと思えば、犠牲バントの間に一塁から一気に生還した韋駄天ランナーもいた。

そんな強者ばかりの中で、ペイジは2500試合に登板し、2000勝を挙げたとされる。

まさに、伝説だ。

岩隈やダルビッシュなど日本の優れたピッチャーが束になっても、サチェル・ペイジ一人には敵わない。