熱球日記 -152ページ目

新ユニフォーム

新ユニフォームの画像をアップします。

見づらい画像でゴメンなさい。

WBCスタイルです。
つれづれなるままに-2009051321020000.jpg

炎のストッパー

またまた広島つながりで、今度は、故津田恒美(恒美)投手について触れたいと思う。
過去2回は爆笑請け合いの内容で、書いていて楽しかったが、今回は目頭が熱くなりかねない。
従って、涙腺の弱い方は、この時点でスルーすることをお勧めします。
それにしても、広島の話題続きになってしまった。
何故だろう?

津田投手は、社会人野球を経て、広島に入団。

プロ一年目で、球団初の新人王に輝いた。

快速球を主体とした小気味よいピッチングが持ち味だった。

入団当初は先発投手だったが、故障で満足な成績を残せなかった時期を経て、ストッパーとして復活を遂げた。
明るくひょうきんな人柄で、チームメイトやファンに人気があった。
入団当時の監督だった古葉竹識は、津田について、以下のコメントを残している。
「彼が入って来るだけで、周りの雰囲気が明るくなる」
津田の速球の威力を示すエピソードが二つある。
一つは、ストッパー一年目の甲子園での阪神戦。
一打サヨナラのピンチでリリーフ登板し、迎えるバッターは三冠王バース!
しかし、津田は自慢の速球で押しまくり、バースを三球三振に討ち取った。
その時のバースと中継アナウンサーのコメントが傑作。
バース「ツダはクレイジーだ。」
アナウンサー「津田、スピード違反!」
どちらも、津田の速球に対する驚きとお手上げというニュアンスがにじみ出ている。
二つ目は、後楽園での巨人戦。
優勝を争う大事な試合で、主砲・原に対し、渾身の速球を投げ込んだ津田。
フルスイングでファウルを放った原だったが、あまりの球威に左手を骨折!
戦列を離脱せざるを得なかった。
しかし、原は「この時の勝負に悔いはない。」という意味のコメントを繰り返し語っている。
そして、この年津田の活躍の甲斐あって、広島はリーグ優勝を果たした。
津田は、のち最優秀救援投手タイトルに輝くも束の間、脳腫瘍に蝕まれる。
夫人の献身的な看護もあり、一時は回復の兆しを見せたが、遂に32歳の若さで亡くなった。
津田が病魔と闘っていることを知った広島ナインは、「津田のために優勝しよう!津田を優勝旅行に連れて行ってやろう!!」と誓い、リーグ優勝を勝ち取った。津田の人柄が偲ばれる。
夫人の献身的な看護については、「最後のストライク」という本に詳しく記されている(何年か前にドラマ化された)。読むたびに目頭が熱くなる。
津田の子息・大毅君は、立派に成長し、大学で野球に励んでいる。
野球部の監督は、亡き父親の師匠だった古葉竹識である。
息子が亡き父親の志を継ぎ、広島新球場で背番号「14」の勇姿を見せてくれることを期待するのは、自分だけではないだろう。

オオカミ中年

昨日はブラウン監督だったんで、広島つながりで今日は達川といきましょう。

しかし、このお人も爆笑エピソード満載。

ついたニックネームが「グラウンドの詐欺師」(笑)

打席に立てば、ボールが体をかすめようものなら、たちまちオーバーアクションで「当たった!当たった!」。

あんまり度重なるもんで、審判からは要注意人物と看なされるわ、相手チームからはニヤニヤ笑われるという有り様。

漫画では「オオカミ少年」ならぬ「オオカミ中年」と書かれてました。

その他にも、試合中にコンタクトレンズを紛失したため、プレー中断でチーム全員でコンタクトレンズ捜索するという事態になり、観客まで大爆笑!

そもそも本人が広島弁丸出しのとぼけた語り口だから、余計に笑いを誘う。

守備中も、広島弁でバッターにささやき戦術を仕掛けまくっていた。

しかし、本人は至って真面目にプレーしていたと語っている。

デッドボール時の大げさなアピールも理由があるという。

控え選手の頃、別の選手が明らかにデッドボールなのに、アピールしなかったばかりに凡退する結果となり、大目玉を食らったことがあったらしい。

これがきっかけで、クドイまでのアピールにつながっている。

確かに、チームにとって、あと一本のヒットが出ない時に、こういう執念を見せる選手はありがたい存在だ。

マスターズリーグに出場した時に、体すれすれのボールがきたら、お約束の大げさアピールを展開し、観客を沸かせているという。

永遠のオオカミ中年に乾杯!