花はなぜ美しいのか | ベースアイディ

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私はこの池谷さんが好きで、いつもとても刺激を受けます。

 

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(以下、抜粋)


 花はなぜ美しいのか――。詩人・八木重吉は「一筋の気持ちで咲いているからだ」と綴りました。打算も怠惰も猜疑もなく、ただ懸命に生きている、その姿が美しいというわけです。説得力があり、感動すら覚えます。
 と同時に、これが考えうる回答の全てでないことも確かです。花が「一筋に頑張ろう」という強靭な意志を持っているという科学的証拠がないからです。
 花の美しさは、元来ヒトに向けられたものではありません。花は人類よりもはるか昔から地球上に存在します。
 花は受粉の手段です。鮮やかな色彩、芳しい香気、甘美な蜜など、あの手この手で、虫や鳥を魅了します。しかし、ヒトは受粉を媒介しません。だから、花にはヒトへの下心はありません。
 にもかかわず、ヒトは花を美しく感じます。不思議なことです。サルには花を愛でている様子はありません。厳密に言えば、虫や鳥も花にうっとりと感動しているわけではないでしょう。単なる反射行動の結果として、自動的に花に群がっているだけで、いわばDNAに書かれた宿命です。
 結局、花を摘んだり飾ったりする生物は、この地球上では、ヒトだけなのです。では、なぜヒトにとって花はこんなに美しいのでしょう。
 この問いには、残念ながら、答えはありません。いや、質問の前提が誤りなのです。世界には20万種を超える花がありますが、そのほとんどは美しくも何ともないからです。野生界には、くすんだ色の花や、虫眼鏡で拡大してようやく見える程度の小さな花が数多くあります。
 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。多くの種を生み出せば(口唇や女性器の形や色に似ているなどなどの理由から)たまたまヒトの脳生理の感覚にフィットする花もあることでしょう。ヒトはそうした花だけを鑑賞の対象とし、ときに品種改良しながら繁殖させているのです。花屋に並ぶ花がごく少数の種類に限定されていることが何よりの証拠です。つまり、「花はなぜ美しいのか」という疑問は、「男子校はなぜ男子生徒ばかりなのか」と同じ構造で、問う価値もない質問なのです。
 確かに、一部の花にはヒトの心を操る力があることは事実です。八木重吉の詩にはこう綴られています。「花さけばこころおどらん」――。このように被子植物のごく一部の花は、幸運にも、「ヒトの脳に好かれる」という特異な芸風を発明しました。
 この芸風は花に恩恵をもたらします。「鑑賞させられている」という事実に気づいていないヒト、その社会に巧みに寄生することで、種を拡散し、進化を続けることができるからです。「園芸」とは、ヒトが無思慮な奴隷であることを示す、不自由の象徴です。