1986年の悲劇 | 芥川 ケンの「エビ天さかおとし」

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魂のカウンセラーが綴るズバリなブログ

こんにちは芥川ケンです。今日は私が書きます。前にもちょっと書きましたが、高橋みなみさんが生まれた1991年4月8日は、岡田有希子さんの没後5年でした。


1986年4月、世界の人々は油断していました。ハレー彗星が76年に一度の大接近を終え、遠ざかりつつあったからです。ハレー彗星は、災いをもたらす星として、古来怖れられていました。前回の接近では、地球はすっぽり尻尾の中に入ってしまいました。そのため「ドラえもん」の「ハリーのしっぽ」に描かれた通り、人々は有毒ガスから身を守るためにタイヤを買い集めました。


1986年は尻尾に入らないこともあり、そこまでの騒ぎはありませんでしたが、それでも大きな不安が世界を覆っていました。しかし、通過したら皆油断してしまいました。ところが、彗星による災厄は、むしろ遠ざかりつつある時の方が多いのです。結局、人類史上最悪の大事件が起きてしまいました。チェルノブイリの大爆発です。この事件によるすさまじい数の死者は、今もなお増え続けています。これにより、地球の枠組みそのものが変わってしまいました。


その前兆と言うべき事件が、岡田有希子さんの自殺でした。芸能人の自殺は数多くありましたが、トップアイドルの自殺は初めてでした。その衝撃の大きさは、多数の後追い自殺があったことからも明らかです。つまり神話の崩壊でした。原因は、未だに隠されています。しかし彼女を追い詰めた悪い人間が居たことは間違いありません。しかし、時代そのものが狂い始めていたのです。1977年3月29日のワルド・デ・ロス・リオスさん、1978年3月11日のクロード・フランソワさんの不審死の悪夢が再び訪れようとしていました。


しかもユッコの死は、防ごうと思えばいくらでも防げたのです。一度ガス自殺を図り、助けられて事務所に居た時、隙を見て屋上から飛び降りたのですから。アイドルになることを強く夢見ていた佐藤佳代さんは、両親が出した厳しい学業の成績の条件をクリアして岡田有希子となり、夢を叶えました。そんな彼女が、何故死ななければならなかったのでしょうか。彼女の生前最後のシングル「くちびるNetwork」、そして何故かスマホが頑なに検索を拒否しているので(他の事項は全く問題無し)タイトルがわからないのですが、生前最後のアルバムは、アイドルとして一つの到達点でした。もし生きていたら、どれほどの偉業を成し遂げていたか、私には大体想像が付くのです。


彼女は、当時アイドルの定番だった堀越学園芸能科の出身です。同級生には本田美奈子さん、宮崎ますみ(現萬純)さん、南野陽子さん、いしのようこさん、長山洋子さんがいます。本田美奈子さんの悲劇、宮崎萬純さんの若くしての大病など考え合わせるとゾッとします。彼女たちの生まれるタイミングの悪さがあります。本田美奈子さんの一番代表的なヒット曲は「1986年のマリリン」です。タイトルにことさら1986年という言葉が入っています。これは、この年を人類に忘れさせまいとする天意が働いた結果と思われます。


当日、私は芸能事務所に新入社員として勤めていました。第一報が入ると、部長が私を含む三人の新人を集めて現金を手渡し、現場に行くことを命じました。我々はその金で花束を買い、現場に供えて手を合わせました。路上には、はっきりと脳みそのしみが残っていました。


その日を境に、私はフレンチポップスから離れたのです。あれほどお世話になったシルヴィ・バルタンさんから離れました。(しかし考えたら、フレンチポップスに飛び込んだきっかけも、クロード・フランソワさんの不審死でした。)そして日本のアイドルの追求を始めました。岡田有希子さんが歩くはずだった道を見たかったんですね。ユッコが死んだ後の南野陽子さんの快進撃は、それはすごかったですよ。中山美穂さんもまた、アイドルとしてメジャーになる前に自殺した親友の思いを背負っていました。ユッコの事務所の後輩で、部屋を受け継いだ酒井法子さんもまた、重いものを引きずっていました。


さらに言えば、私がAKB48文化を守ることにこれほど執念深くなったのもまた、入山杏奈さんと川栄李奈さんが襲撃された日からなのです。リオスとクロクロの死によって始まり、ユッコとチェルノブイリによって決定的になった暗黒時代を終結させたAKB48。その新しい文化を崩壊させるわけにいかないのです。そうなれば、もっとひどいチェルノブイリが起きるばかりです。


ユッコが死んだ日付けが48だったことは記憶されるべきでしょう。5年後には48の守護神、たかみなが生まれます。それにしても、ユッコが死んだ時、既に生まれていたのは、篠田麻里子さんだけです(塚本まり子さんは入れなくて良いでしょう。大人AKBだから)。麻里子さまは、1986年3月11日生まれです。そのちょうど一年前の1985年3月11日には、白鳳が生まれています。麻里子さまが生まれた8年前の1978年3月11日には、クロード・フランソワさんが不審死しています。麻里子さまが生まれた25年後の2011年3月11日には、東日本大震災が発生しています。


繰り返しますが、我々は、この日本の優れた文化を守っていかなければなりません。非業の死を遂げた先人たちもそれを望んでいます。政治経済が死に絶えた今、優れた文化を守っていく以外に、日本にも世界にも生き残りの道は無いのです。たかみなが居なくなった後のAKBを真剣に考えなければなりません。新年だからこそ、尚更考えて頂きたいのです。


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芥川ケン バサラエルボー専任講師 何でもござれのカウンセラー。あらゆる分野のセミナー名人。高橋みなみさんの如き寂しん坊のサンタクロース。


太宰院マキ バサラエルボー代表 一児の母。長年エステ業界で修業し、心と体を開放する癒しの技量に熟達する。柏木由紀さんの如き境界面の魔術師。


夏目魔弓 バサラエルボー幹事 さすらいの歯科医。イギリスをこよなく愛し、中国文化にも精通する比較文化の論客。篠田麻里子さんの如き未来志向のスタイリスト。