こんにちはバルコアです。

 

さらに親しいつながりをもちたいと思うなら、ふたりは第4チャクラへと進む。

ひとりが、まだ「内面で解決しようとしている」心の傷を明かす。

もうひとりが、いわば「絆づくり」の態勢でこれに応えようと思えば、それに匹敵するほどの傷を明かす。

それがマッチすれば、ふたりは「心の傷の友」となるのだ。

このふたりの連帯には、つぎのような不文律がある。

 

・この傷に関連したあらゆる困難な思い出を抱えて生きていくために、互いを支え合っていく。

・支え合うためには、傷ついたパートナーのニーズに応えるべく、自分の社会生活、あるいは仕事に関しても、あらゆる面を犠牲にする覚悟をする。

・必要なら、心から支えている証拠として、傷ついたパートナーの責任をすべてかわってあげる。

・パートナーには、心の傷を自分と一緒に解決していくようにすすめ、そのためにはどれだけ時間がかかってもかまわない。

・受けいれることが癒しには欠かせないため、心の傷に原因があるあらゆる弱みや欠点も、文句を言わずに受け入れていく。

 

ひと言でいえば、心の傷による絆とは、脆弱(ぜいじゃく)なパートナーはずっと互いを必要とし、互いの心の内面に続く道は永遠に開かれたままであるという、隠された保証のことなのである。

コミュニケーションという観点から見ると、このような絆は、まったく新しい愛の次元を表している。

心理療法的な支えと、癒しへの決意を育んでいくという方向性をもつ次元だ。

力という観点から見ると、パートナー同士がこれほどたやすく互いの敏感な部分にふれられるということはなかった。

また、親密な関係を定義し、かたちづくっていくのに心の傷を使うということも、これほど広く受けいれられてはいなかった。

「傷の言語」は、親しさというものの境界の定義をまったく変えてしまったのだ。

 

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