こんにちはバルコアです。
普通の考え方だと、運命が悪かったり、あるいは健康が悪かったりすれば、その感覚的なことを意識が感ずるのに、不愉快を感じないはずはないじゃないか、という理屈が成り立つけれども、お互い天風会員は、その理由は成り立たせないのだよ。
「晴れてよし、曇りてもよし、富士の山」だもの。
よしんば不快な感覚があっても、頭が痛いとか、腹が痛いとか、気が重いとか、脈が早いとか、あるいは熱があるとかというような場合があっても、それはそれとして、それに取り合わないような心を、持っていなければいけない。
もう多くいうまでもなく、人間の思ったり、考えたりする思考が、良きにつれ、悪しきにつれ、深刻であればあるほど、その事柄を自分に引き付けるにふさわしい資格を、自分が作ってしまうのである。
心が積極的であれば、積極的なものを引きつけるし、心が消極的であれば、消極的なものを引きつける。
それにもかかわらず、凡人というものは、環境をやたらに呪い、運命をやたらに悲観することのみを人生の毎日にしている人が多くはないか。
そういう人間は、たとえどんなに金が出来ようが、どんなに境遇がよくなろうが、どんなに自分が高まろうが本当の幸福は感じない。
エアコンもいいけど、自然の風もいいね
