んにちはバルコアです。

 

を立ったときに起こったことが何なのかはよくわからなかったんですけど、部屋から外に出たとき、その日はどちらかと言えば晴れてたんですが、どうしてもひとりになりたいと思いました。

自分が何をしたいんだか、わけがわかりませんでした。

こういうときにはお決まりの現象に対しても何の覚悟もできてませんでしたし。

光があふれて、光り輝いてるんです。

荘厳という印象はあまりなかったんですけど、目がくらむほど光がおそろしくまばゆく輝いていて、それが30分くらい続いたんです。

日光にあまり慣れてないせいかなとも思ったんですけど、まったくそんな感じではありませんでしたね。

とうてい言葉にはできません。

言ってみれば、何かが壊れてしまったか、死んでしまったみたいな感じで、でも強烈に生き生きとした感覚もそこにありました。

でも、ここで沈黙が訪れるんです。

言葉にできないんですから。

 

かの境地じゃないんです。

Kという名前のついた体と心があって、それが足早に歩きながらいつもと変わらないようなことをしてるんですけど、そこにはすべてを包みこむこの何かがあって、それは「何でもないもの」としてありながら、いつでも存在してるんです。

だから、何かの境地ということじゃありません。

起こった状態みたいに感じられる点も少しはありますけど、たとえば、立ち上がって外に出て歩きながら光を浴びたときみたいに。

あれはひとつの境地だったというような印象があります。

でもほんとうに境地の話じゃないんです。