↑「イテッ、トゲ踏んだ!」(笑)

 

こんにちはバルコアです。イヒ

 

シャーマニズム

 

昭和八年から九年にかけて、筆者が三十一、二才の頃、生駒山の道場に居た大本教の行者、西原敬昌氏の下でテレパシー、鎮魂の修行をして居た。

魂のレーダーを廻転させると、遠隔に居る人の心境や行動がよく見えた。

突然訪ねて来る未知の人の顔付きや服装までが事前に判った。

 

議論を戦わして居る人の話を傍(そば)で聞いて居た。

その時、両者の間に粟粒(あわつぶ)のような小さな光の玉が、盛んに飛び交う様が見られた。

この光の玉が霊魂の正体であると、その頃は思って居た。

 

その頃はまだ言霊学(げんれいがく)は学んで居なかったが、第六感の霊眼(れいがん)を以てすると霊魂の動きが光の玉に見える。

物理学で云うような光(放射線)の粒子である。

 

言霊(げんれい)とは光の粒子である事が、その後、段々に判って来た。

 

丸ブルー

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