たとえば、の話。
大島秀夫選手に対して、相手チームのDFが削りに行きファールを犯してしまったとします。
でもそれは警告カードを提示されるほど悪質なものではありませんでした。
しかし、それを不服に感じて
“おい、審判、今のはイエローだろうが、どこに目つけてんだよ”
という不満をぶつけることはよくあること。
たとえば、の話。
ゴール前の攻防で、新潟の選手がシュートを放ち、ラインを割ってしまったとします。
最後にボールに触ったのは、「見方」によっては、相手チームの選手のようにも思えます。
けど、主審のジャッジはゴールキックで、コーナーキックじゃありません。
これを不服に感じて
“レフェリー、これはコーナーキックだろうがよ”
という不平を口にするのはよくあること。
とまあ、上記のような「野次」はたぶん、アルビレックス新潟のサポーターのみならず、他クラブのサポさんもしてしまうと思うんですよ。
これに関して、別段、どうこう書くつもりはないんですが―
しつこく、しつこく、〝食い下がって〟野次を飛ばす人っていますよね。
たとえば、大島が立ち上がって、大丈夫だというジェスチャーをし、新潟ボールで再開しようとしているのに、“イエロー出せ、イエロー出せ”と繰り返したり―
たとえば、相手GKがゴールキックで試合を再開させようと準備をし、蹴ろうとしている最中も、“今のはコーナーキック、コーナーキックでしょうが”と未練がましく要求したり―
これについては、なんというか、エネルギーの無駄、端的に言えば応援の邪魔、だと思う。
気持ちは理解らんでもないんですが、そんな未練たらたらの野次を飛ばす暇があったら、選手の名前をコールするとか、アルビレックスコールをした方が、1億倍マシだと思うんですよ。
で、実際、うちのコールリーダーさんたちは、そういう状況の時には即、アルビレックスコールをするし、ファールを受けた選手の名前をコールしたりして、
〝切り替え〟を図ってくれています。
流石ですよね。
でも、そういうの無視して、しつこく判定批判を続ける人が、実際にいるわけで。
選手たちだって、ジャッジに多少の不満があったとしても、切り替えてプレーに戻るんですから、サポーターもそのへんは〝適切に〟切り替えて、応援すべきじゃないでしょうかね。
大島秀夫選手に対して、相手チームのDFが削りに行きファールを犯してしまったとします。
でもそれは警告カードを提示されるほど悪質なものではありませんでした。
しかし、それを不服に感じて
“おい、審判、今のはイエローだろうが、どこに目つけてんだよ”
という不満をぶつけることはよくあること。
たとえば、の話。
ゴール前の攻防で、新潟の選手がシュートを放ち、ラインを割ってしまったとします。
最後にボールに触ったのは、「見方」によっては、相手チームの選手のようにも思えます。
けど、主審のジャッジはゴールキックで、コーナーキックじゃありません。
これを不服に感じて
“レフェリー、これはコーナーキックだろうがよ”
という不平を口にするのはよくあること。
とまあ、上記のような「野次」はたぶん、アルビレックス新潟のサポーターのみならず、他クラブのサポさんもしてしまうと思うんですよ。
これに関して、別段、どうこう書くつもりはないんですが―
しつこく、しつこく、〝食い下がって〟野次を飛ばす人っていますよね。
たとえば、大島が立ち上がって、大丈夫だというジェスチャーをし、新潟ボールで再開しようとしているのに、“イエロー出せ、イエロー出せ”と繰り返したり―
たとえば、相手GKがゴールキックで試合を再開させようと準備をし、蹴ろうとしている最中も、“今のはコーナーキック、コーナーキックでしょうが”と未練がましく要求したり―
これについては、なんというか、エネルギーの無駄、端的に言えば応援の邪魔、だと思う。
気持ちは理解らんでもないんですが、そんな未練たらたらの野次を飛ばす暇があったら、選手の名前をコールするとか、アルビレックスコールをした方が、1億倍マシだと思うんですよ。
で、実際、うちのコールリーダーさんたちは、そういう状況の時には即、アルビレックスコールをするし、ファールを受けた選手の名前をコールしたりして、
〝切り替え〟を図ってくれています。
流石ですよね。
でも、そういうの無視して、しつこく判定批判を続ける人が、実際にいるわけで。
選手たちだって、ジャッジに多少の不満があったとしても、切り替えてプレーに戻るんですから、サポーターもそのへんは〝適切に〟切り替えて、応援すべきじゃないでしょうかね。