例の「オウンゴールを故意にやって大敗して来い」事件について、サッカー協会関係者も“けしからん”、一般の人たちも“けしからん”の大合唱だけどさ、その批判の嵐に、違和感を覚えてんだよね。
「意図的な敗退行為」、正確を期すならば「無理して勝利にいかない行為」って、プロサッカーの世界で、FIFAワールドカップのような大会では、時々起こる〝現象〟だもん。
でも、それで厳罰に処せられたって話、見た記憶はないんだよね。


1982年のFIFAワールドカップ スペイン大会。
この大会は、1次リーグ→2次リーグ→決勝トーナメント、という大会方式。
その1次リーグで、問題が起きた。
・西ドイツ
・オーストリア
・アルジェリア
・チリ
この4か国によるグループリーグ戦が組まれて、上位2カ国が2次リーグに進出できることになっていたんだ。
そして、1次リーグの第2節を終えて、チリ以外に2次リーグ進出の可能性が残された。
運命の1次リーグ第3節、対戦カードは、[アルジェリア×チリ]、[西ドイツ×オーストリア]。

現行の大会方式では考えられないけども、当時は[アルジェリア×チリ]と[西ドイツ×オーストリア]の同時刻キックオフじゃなく、先に前者の試合が行われ、時間を置いて、後者のゲームが実施された次第。
アルジェリアが勝利したんだけど、その結果、得失点差の計算上、西ドイツが[1-0]のスコアで勝利すれば、『オーストリアと西ドイツが揃って2次リーグ進出』という〝シミュレーション〟が完成したんだよ。
そして、前半7分に西ドイツが先制点を挙げると、以降、タイムアップの笛が鳴るまで、両国の選手はボールをこねくり回すだけで、互いのゴールに襲い掛からず、ただひたすら時間の消費に邁進。
そして、西ドイツとオーストリアが〝仲良く〟2次リーグに進んだって話。

そして、問題の[西ドイツ×オーストリア]は、アルジェリアサッカー協会関係者から八百長だと訴えられたんだけども、お咎めなし。
ちなみに、西ドイツは準優勝という結果に終わっているんだよね。

そして、この試合が〝教訓〟となり、FIFAワールドカップの大陸予選と本大会のグループリーグの最終戦は、同時刻キックオフが原則となったんですよ。
そして、それは各国リーグ戦の最終節、及びヤマザキナビスコカップのような国内カップ戦のグループリーグにも適用されるようになったという歴史があります。


でもね、でもね、グループリーグの試合日程で「不公平」が生じないシステムにしたけども、限りなく[西ドイツ×オーストリア]に似たゲーム展開、即ち、積極的に勝利に向けて動かない試合というのは、今も存続しているんだよね。

たとえば、AとBとCいうチームに決勝T進出の可能性があるとしましょう。
AとBが最終節で直接対決、CはDと対戦。
2つの試合会場の途中経過は逐一、もう一方の試合会場のベンチに伝わり、得点が動く度に、ベンチから戦い方の指示が飛ぶわけです。
そうこうするうち、C×Dの試合で、Cが2点差でリードを許している展開になった―
AとBは引き分けでも決勝Tに進める、しかし仮に白黒つく結果になったら、片方は決勝Tに進めない―
で、試合終了したらAとBとの試合はドローだった―
こんな例は、1982年以降も、ワールドカップやユーロで一度ならず、起きていますよ。


もちろん、吾輩も、その上越市の学校の教頭先生の命令は、あるまじきものだと判断します。
負けた方が得策だと計算したからって、オウンゴールを故意に決めろ、というのは唾棄すべき指示です。

でもね、『大人の世界』では、勝ち抜きの為に、わざと試合を膠着させることが現実にあるわけです。
得失点差をも計算して、「2点差の負けならば許容範囲」「2点差勝利ならばOK」と、互いに阿吽の呼吸で試合を進めるようなケースも実際にあるわけです。
しかし、“観客無視の意味のないゲーム”とマスメディアや観客に批判されることはあっても、処罰はされないんだよね。
せいぜい、お偉いさんの苦言程度。

そんでもって、当該チームのサポーターは、複雑な気持ちを抱きつつも結果オーライで、甘受したりするわけで。


だからね、その教頭先生は指導者失格と思うし、教育的見地からは断固許せない行為だと思う一方で、妙な違和感を覚えるんだよねえ。
オウンゴールの命令がないだけで、「戦略的」には同じ思想から由来していることだから。

それと、一番の被害者は、オウンゴールを6点も〝決められた〟という相手チームの選手だと思う。
彼らこそ、最大の屈辱を味わい、悔しい思いをしてるよ。
勝ったのに、この上なく侮辱された勝利なんだからさ。
普通に試合をして[0-20]で敗れるよりも、悔しさ100倍だと思う。

その教頭は、相手チームの選手に誠心誠意、謝罪したのかね?