前からちょくちょく、弊ブログで引用させてもらっているけど、日本経済新聞のスポーツ面に、毎週水曜日、『フットボールの熱源』っていうタイトルのコラムが載っています。

日経新聞の名物運動部記者である吉田誠一さんが執筆しているコラムなんだけど、サッカーファンだったら、絶対に毎週ご覧になってもらいたい!

先週のはね、サッカー専用競技場という<ハコ>が、物理的のみならず、精神的にも、選手とサポーターとの距離を縮めているということを語った内容でした。
まあ、日本にももっともっと球技専用のグラウンドを作る、そんな文化的に豊かな国になってもらいたいという主張が織り交ぜられているんだけど、我が意を得たりのコラムでした。

さて、きのう4月16日付の『フットボールの熱源』はね、【クラブは苦痛を売る】ってサブタイトルの内容。
日経新聞を読んでない人の為に、どんなことが書かれているか引用するので、読みなさい!
これ、命令!

「プロサッカークラブは観客に何を売っていると思いますか?」
3月末、JリーグのGM講座でサッカー産業を研究しているリヴァプール大学のテイラー博士は、受講者にそう尋ねたという。

「夢」「感動」「熱狂」、それらを売っていると普通は答える。
けど、テイラー博士によれば、違うのだという。

「プロサッカークラブは苦痛を売っているんですよ」

応援するチームが先制されれば、サポーターは心を痛める。
リードしていても、追いつかれる恐怖で冷や冷やする。
勝ったとしても、次の対戦相手のことを考えて心配になり、「こんなことで一部リーグに残留できるのだろうか」と思い悩む。
優勝しても、新シーズンに入れば「今季は大丈夫だろうか」と新たな苦悩が始まる。

観客は当然、勝利の歓喜を求めてお金を出しているのだが、実際は殆ど苦痛ばかりを掴まされている。
それが分かっていても、サポーターはまたスタジアムを訪れる。

博士の講義を聞いたあるGMは、
「苦痛を感じてくれるのは、そこに愛があるからですよね。
クラブの為に苦悩してくれる人、サポーターとはそう定義づけることが出来るのではないでしょうか」
と大事なことに思い至ったという。

以下、略


昨日の朝、このコラムを読んで、吾輩、ある映画監督に示唆された哲学を思い出しました。

もう10年も前になるのかなぁ、リー・チーガイという香港の映画監督と話をする機会があったんですね。
リー監督は、金城武君主演の「不夜城」とか、今は亡きレスリー・チャン主演の「君さえいれば」とか、そういう作品を作った人。
その監督さん、日本のドラマにも数作品出演したことがあるケリー・チャンと、金城武君の主演で「世界の涯てに」っていう映画も演出したんですよ。
で、その「世界の涯てに」を観てリー監督とフリートークをするというチャンスがあったんですわ。
で、まあ、その物語が実に悲しい内容で。
ケリー・チャン演じる主人公が不死の病に罹っていて、最後は死んじゃって、というストーリー。

そして作品を観終わって、吾輩は質問したんですよ。
“貴方のこれまでの作品(脚本作も含めて)は、明るくて希望の見えるハッピーエンドばかりだったのに、なんで、この作品はこんな切なくて、悲しいものしたんですか?”

リー監督曰く
“映画というフィクションの世界を離れて、現実世界というのは、辛いことだらけです。
たぶん、人生の8割から9割は、苦しくて辛いことばかりだと思います。

貴方のこれまでの人生を振り返ってみてください。
勉強は苦しかったですよね?
スポーツやってますか?その練習は苦しいですよね?
働いていますよね?仕事をしていると辛く、悩ましいことばかりですよね。
ガールフレンドはいます?その彼女と逢えない時間、どこで何をしているのだろう?と悩むことはありませんか?
これから子どもが出来たら、その子育てで思い悩むことになると思います。
家計を支えることで苦労します。

でも、そんな苦しくて、切なくて、辛い時間を過ごすからこそ、それを乗り越えて訪れる明るい出来事が、この上なく幸せに感じるものなんです。

だから私は、そういうことも頭に入れながら、この映画を作りました。
この映画の主人公は死んでしまいますが、彼女は苦しんで亡くなったと感じましたか?
そう、そうではありません。
自分の死期を悟りながらも、懸命に生き、そして愛し、愛され、自分の願いを叶えて、幸福感に包まれながらあの世に行きました。
そんな彼女の最期を、彼女自身は不幸に感じていません。”


リー監督とのディスカッションを通じて、吾輩は思いかけず、人生哲学を学びました。
なるほど、人生は苦難の連続だからこそ、「幸せ」を「幸せ」と感じ、自分が生きている実感を得るんだなぁって
で、この哲学、吾輩の生きていく上での指針の一つになっています。


話を日経のコラムに戻します。
特定のスポーツチームを応援するってことは、別の言い方をすれば、[苦痛を共にする]ってこと。
苦悩し、辛いと思うのは、愛があればこそ感じるもの。
そして、選手と一緒に苦痛に耐えて乗り越えるからこそ、勝利したときに、優勝したときに、深い喜びを感じることが出来る、と。

吾輩、昨日の日経のコラム、保存版にします。
新聞記事を読んで、こんなに激しい衝撃を脳天に受けたのは何時以来だろう?


サポーターとは、苦痛を感じて、苦悩してナンボのもの


そう、これからもアルビを応援している限り、死ぬまで、懊悩し続けることになるんだ!

吾輩、アルビレックス新潟を真剣に応援するようになったとき、J1に上がって、でも、湘南みたくJ2に降格したとしても応援を続けようと心に決めました。
苦しくても苦しくても応援は続けようって!
人生の大部分は辛いことの連続で、サポーターになるという事もそうなんだろうけど、でも故郷のチームを応援し続けようと!!
サポートを始めるってことは、そういう覚悟の上でするものだろうって!


―――――アルビの調子があんなだから、3月の下旬くらいから、こんなフレーズをよく見聞きします。
“もう腹を括りましたよ、どんなことがあってもアルビを応援し続けていきます”

正直な話、ナニ今更そんなこと言ってんの?書いてんの?そんな中途半端な心持ちでアルビを応援してたの?と、その姿勢に内心、不快感を覚えてました。
けど、日経のコラムを読んで、実はそういう人たちも、無意識のうちにアルビがどんな目に遭ってもサポート続けようという意志を形成していたんだろうなあって考えを改めた次第。
だって、これまでも苦しいことの連続だったわけで、その苦痛から逃れずに、アルビのために声援し続けてきたわけですからね。
で、こういう状況になったもんだから、今頃、意識下として表面に出てきてのかなって。―――――

 

テイラー博士の分析に従うならば、勝ち続けても苦痛・苦悩を味わうということで、それは計算外だったけど、これからも、吾輩、アルビレックスのことで苦しみ続けますよ、はい。

これご覧になっている新潟サポの皆さん、アルビレックス新潟とアルビレックス新潟レディースのことで、どんどん苦しんでいきましょうぞ!
そして苦痛の先には、この上ない幸せが待っていますから!
でも、また直ぐに苦悩は始まるんだけどね。

 

昨日、吉田さんのこのコラムが載ったのは、天の配剤か!?
昨日の結果に接して、真剣な話、めまいを感じて23時くらいまで気分が悪くなったけど、そのコラムの内容を思い出して、夜中ながら、立ち直れましたよ。
ホント、救われたコラムです。


 

まあね、出来れば、人生は楽だらけの方が理想だけど、苦痛を味わうのには慣れてます。

だって

 

 

 

           吾輩はMですからヽ(´Д`ヽ)(/´Д`)/