先週の金曜日に
誤魔化しのように自分に言い聞かせつつ
いや、だめなもんはいくらやってもだめなんじゃね?
と悪魔の囁きも聞こえながら
面接に伺った先ですが
月曜朝にまた電話が入り
『明日、面接に来れますか?』
と…
はい、
思わず言っちゃいましたよね、
『え、金曜日に面接受けましたけど?』
したら、
『今回のはまた違う者との面接です』
と。
というわけで翌日であった
昨日、火曜日にまた伺って参りました。
そうしましたら、
『上の者から私たちの部署で貴女のトレーニングをして欲しいと言われたんですが』
と…
自己紹介、部署の説明から始まり、
色々な話の後、
『それではトレーニング期間のメインのトレーナーを決めたり、
トレーニングプログラムの作成と
資格機関からの認可を取るための書類をこちらで作成してみるので
金曜日までにまた連絡します』
とのお言葉。
どうやら、内定と言っていいようです

本当に長い道のりでした

思い返せば
2009年、初めて渡豪し、
語学学校から始まり、
大学へ入り、学士号を取り、
資格取得に必要な英語力を証明するための
英語のテストで苦労し、
その間に婚約したり
ビザなどの問題で帰国していた期間もあり、
また、結婚もし、
いや、ほんと長かったです。
英語の規定を満たしてから
資格取得までも3-4ヶ月かかり、
資格取得から今回の内定までも半年ほどかかっています。
途中から状況の変化から
ビザの申請や本格的に永住する準備、結婚式の準備も加わり、
一点集中できなくなったとはいえ、
私が英語の規定クリアにかかった時間も相当なものですが
こちらの公的期間の手続きのペースもかなりのもの

初志貫徹、
諦めなければ道は拓ける、
なんて言葉を常に
胸に抱いてやって参りましたが
ようやく辿り着きました!
しかし、
ここがゴールでなく、スタートっていう罠。笑
まぁ、罠でもなんでもないんですが
自分がやりたいことを
国が変わり
言葉が変わってもできる、
ということは
本当に幸せなことだと思っています。
というか、
本当に自分が幸せで納得できる人生を歩みには
これを成し得ないとだめだ、と思っていました。
妥協や諦めることも時には大切ですが
この仕事は私にとって
生きがいの一つであり
自分を人間として社会的に成長させてくれる
一番の場所だとも思っています。
また、
子どもを持った時に
こちらの第一言語となる
英語の面でネイティヴのようには教えてあげられなかったり
社会面でも自分がある程度のしっかりした組織に
仕事という責任あるベクトルでどっぷり浸かったことがなければ
将来、色々な助言もしてあげられないかもしれない、
という思いもありました。
お母さんは外国から来てここに住んでいるけど、
しっかりプロとして働いてるんだなぁっていうのを
見せたい、というエゴもあります。
ひけに思って欲しくない、と言いますか。
もっとベーシックな面で言えば
そんな可能性は今のところ全くありませんが
将来、万が一離婚した時に
子どもにとっても
旦那さんにとっても
旦那さんのご両親にとっても
私がこちらで自活できないために
子どもを日本に連れて帰る、
というのは理不尽だと思ったり、
離婚せずとも旦那さんが生涯、健康で
ビジネスが永遠にうまくいき続けるという保証もありません。
そんなあるかどうかわからないようなことも含め色んなことを考えていました。
また自分のself esteemの面でも
日本に居た時と同等のcompetenceを保ちたい、
というのは欠かせなかったように思います。
長くなりましたが…
色々書きましたが
それよりも何よりも!!!
私はこの仕事が好きなんです~

というわけで
内定を頂いて
正直、ブランクもあり、
本格的に英語で
この分野のプロとして働く
のは初めてですので(実習はしましたが)
喜びもさながら
本音を言うとプレッシャーと不安が
かなり
ありますが
経験はありますし、
実際に働ける場所を与えて頂ければ
あとは
努力のみ
ですので
張り切って
最初の数ヶ月間、
怒涛の仕事・勉強漬け集中生活
に突入したいと思います



でも
場所を与えてもらえなかったら
頑張ることもできなかったので
有難いことです。
そして
何よりも
これは全て旦那さん、義家族の理解とサポートがあってこそ
成し遂げられました。
また、この国ではあり得ないスピードで
とんとん拍子に採用を進めて下さった
就職先(まだ仮ですが。笑)にも感謝です。
このご恩、期待に報いるためにも
全身全力で頑張って参ります!