最近、離婚発言の多いお友達の相談相手にもなっていた経緯もあり
色々と考えたのですが…
やはり
長期的に幸せに生きる
ということの大前提には
『自分の人生を自分で生きている』
という実感が必須であり
『自己責任』
がキーワードではないかと
しみじみと思いました。
結婚でも恋愛でも、
子育てでも仕事でも、
友人関係においても、
生きていく上では
人との関わりや
相互関係の発生を回避することは
できませんね。
そんな状況の中で
相手がこう言ったから私はこうした
相手がこうだから私は嬉しい
相手がああだから私は哀しい
私はこう思うけれど相手がこの考えに沿うてくれないからできない
このような基本方針ですと
揺るがない芯となる軸がありませんので
どうしてもブレやすく、
人や物事に翻弄される人生
になってしまいやすいかと思います。
また、そういった方々の中には
そういった生き方を続けてきた結果として
依存的な部分が見受けられることも多いように思います。
結婚しても
配偶者は他人に過ぎませんし、
親子関係でも
母親は子供にとって最初の他人、
ともよく言われますね。
人は一人では生きていけませんが
しかしながらどこまでいっても
一人は一人、というのも真実です。
ですから、
誰が相手で
どんな集団(家族ですとか友人の輪、または職場)にいても
規模に関わらず
きっちり自分の持ち分というのは
確実にあります。
ですから、
流される、というのは
自分の持ち分を放棄する、ということです。
合わせる、というのは
協調性を大切にしているような
美徳のある響きがするかもしれませんが
『きちんと考えてみて
その結果によって生じ得る被害や問題も考慮した上で
それを引き受ける覚悟の基に
納得した上で同意する』
という決断でなければ
自分の選択の権利を放棄している
のと何ら変わりがないと思います。
それなのに
いざ問題が起きると
◯◯さんがああ言っていたし
特に反対する理由もなかったから
賛成したけど、
まさかこんなことになるとは…
責任と言われても
私が決めたわけじゃないし…
というパターンになりがちですよね。
または
貴方がああ言ったからこうしたのに
こんなことになって
どうするのよ

これ、
一見、
本人が決めたこと(本人のせい)じゃないのに
被害を被って(責任とらなくちゃいけないなんて)
可哀相…
と思われがちですが
私にはそうは見えません。
この方は意図的でなくても
本人に自覚はなくても
責任のある問題に対処するに当たって
考えることを放棄した
=
選択肢はあったはずなのに放棄した
わけです。
もっといえば
きちんと理解し納得できるまで
話し合う労力を費やさなかった
わけでもある。
こんな書き方をしますと
大げさな感じが致しますが
この理論、
日々の小さなこと
ほとんどに当てはまります。
たとえば
旦那さんがひどいことを言ってきた。
(たとえば何でもないような文句。育児に参加できない言い訳などなど)
旦那さんがちょっと無理なことを言ってきた。
(たとえば転勤による引越しや、予算を上回る新車の購入など)
こういう話が浮上してきた時に
きちんと考えて話し合わないといけません。
旦那さんにもどうにもならないレベルの問題も時にはあるでしょうが(転勤などそうですね)
容易に受け入れる前に
考え、必要なら話し合う機会をもつ。
結果的に最終決断が変わらなくても
この過程で一通りのシュミレーションはできますし
対策を立てたり
お互い譲歩する案も出せたりします。
そして何よりも
自分が色々考えた上で、
最悪の事態も考えた上で
納得して決めたことなら
結構頑張れるものです。
だって自分の責任だから。
しかしながら
みんながみんな、
そういう風に育てられてきたわけではありませんし、
世の中不平等なもので
こういう煩わしいこと一切から離れた生活のできる
何があっても守ってくれる両親や
常にほとんどのことは解決できる後ろ盾(財力)
をお持ちでいらっしゃる
お嬢様方もいらっしゃることでしょう。
ふわふわと優しく楽しく暮らせたら
それ以上のことはないように思います。
ですが
私たちのほとんどが
一生懸命、山あり谷ありの生活を送っています。
その山を登り、谷を渡り、
時にはトンネルをくぐり
イバラの道をかいくぐっていく中には
自分のコンパスとなる
自己責任という考えを持っていないと
一緒に旅をしていたはずの人が
コンパスをなくしたり
またはその人とはぐれてしまったり
自分をおいて違う道へ消えてしまったりすると
前に進む方針すら失ってしまいます。
生活をする、
生きていくというのは
楽しく幸せな時ばかりではありませんが
だからこそ
大切な人やものを見つけた幸せや
たどり着きたい場所に着けた時の達成感が
輝かしいのであり、
時にはイバラの棘に刺されながらの道も越えてきたからこそ
わかってあげられる
お友達や人様の苦労や不幸があるのではないでしょうか。
えらく真面目な話になってしまいましたが
女性には
強く美しく
自分の道を
自分の足で
歩いていて頂きたいな、と思うのです。
もちろん、私自身も常々、肝に銘じて
そのように生きていきたいと思っています。
長くなってしまいましたが
読んでいただいた方
どうもありがとうございました
