先日、

義両親のわんちゃんを亡くして以来、

哀しみに暮れる半分、

忙しくバタバタしておりました。

一番悲しかったのは

もちろん

わんちゃんが息を引き取った日

ですが

同じくらい悲しく

堪えたのが

帰ってきた義両親に逢った時でした。

もちろん、

彼らが飼い主でありましたので

一番悲しいのは彼らのはずです。

私もかなりわんちゃんとの距離は近かったので

本当に今も淋しいな、と思いますが

この時の感情は

ただ、悲しんでいる両親を見るのが

本当に辛かったです。

義父も義母もクリスチャンで

平素から本当に気遣いの行き届いた

きちんと生活をなさっていらっしゃいます。

職業柄もあるでしょうが

彼らの部屋が散らかっている

ですとか

急いで来たから身なりが乱れている、

ですとか

彼らと初対面して以来、

もうすぐ足かけ3年になりますが

一度も見たことがありません。

1日1日を丁寧にきちんと暮らしてらして

毎日が行き当たりばったりのような

私には憧れと尊敬の対象です。

そんな彼らの

本当に初めて取り乱した状況に遭遇したわけで

生き物ですから

常に生死と隣り合わせであり

なんら特別なことでもない、

誰にも起こることと理解しながらも

こんなに人のためになることもし、

真面目に堅実に暮らしている人に

こんな悲しみが降り注いでしまうなんて

あんまりです、

そんな気持ちになり

胸がしわがれそうでした。

当日の夜、

何度か

一番辛い時にはやっぱり家族(息子)にそばにいて欲しいんではないか、と

促してみたのですが

旦那さんは

僕は今日は会うのは無理だからやめておく

と同行せず

私とうちのわんちゃんのみ会いに行ったのですが

実際に行って、初めて

どうしても今日、泣いている両親を見るのは辛過ぎる、

そう思った旦那さんの気持ちがよくわかりました。

あまり

人間的な次元の話に

性別の違いを引き合いに出すのは

個人的には好ましく思うタイプではないのですが

やっぱりこういう時、

男性の方が外に向けて出さない分、

より自身の中でdigestし、

対処するのが難しいのかもしれない、

そう思ったりもしました。

しかしながら、

訪問時、

最後の方には少し笑顔も戻り

自分としては

その笑顔を見届けて、

やっとわんちゃんを責任持って

見送ることができた、

というような気持ちになりました。

とはいえ、

家族やペットを亡くした時というのは

その出来事が起きた時の衝撃的な喪失の悲しみがあり

その後、いつもの環境に戻った際に体験する不在の哀しみがあり

まだ辛い日々はしばらく続くでしょうが

この哀しみというのは

愛した対象が居た証拠

自分が心から愛した証拠であり、

私はこれも

愛の一部

だと思っています。