さて
留学してから
予期せぬ
修羅場 

を経験した私でしたが
その後、
旦那さんに出逢うまで
数人
お友達からの紹介、
ナンパ
、
、友達のパーティーでの出会い、
職場での出会い、
などを通じて
お誘い頂き
何度か殿方と出かけたことがあるので
そのエピソードを
書きたいと思います。
エピソード1
40代 婚歴なし 弁護士
この方はお友達に紹介されて
何度か友人を交えて、また、2人でも
食事に出かけました。
とても真面目な方で
お酒を飲む時は絶対に運転せずバス使用
そして
若干、病弱。
過去に手術したことがあり、
その術後合併症で腹膜炎を発症し
生死をさまよったことがあるそう。
この方、とても真面目で
やはり職業柄、学歴もあり、
お話していてもとても楽しい。
(私は父の影響もあって、ビジネスや哲学、社会情勢などの話を聞くのが大好きです)
でも、恐ろしいくらいにケチ(ワリカンの際にはドル単位まで絶対に割る)
友人と一緒の席の場合、
彼が頼んで友人たちが私たちのためにセッティングしてくれ
わざわざ忙しい中、都合を合わせて来てくれたというのに
少しだけでも多めに払うとか全くナシ。
私もその当時は留学中の大学生でしたが
そこへの配慮も全く感じられず。。。
本人は
ポルシェ 911
に乗っているというのに。。
基本、私も対等な関係であるべき、と
思ってはいるのですが、
それにしても冷静に考えて
国際恋愛・結婚となると
ハナからハンデをぶっ飛ばして
100% 理論詰めで対等でいることを求められるのは
本当に尊敬して好きで好きでたまらなければ
頑張れたかもしれませんが、
正直、
ムリ、ナイわ。。。
と思いました。
まぁ、でも、
あまり男性的な魅力を感じなかった
ということが最大の理由ですね。
当時は大学の課題、アルバイトで忙しかったし、
無駄な時間は使えない、
と思い、フェードアウトしました。笑
お友達もそりゃそうよ、
あの人はもうほんとそういう配慮できないのよ

と理解して下さったので有難かったです。
エピソード2
地元の学校何校かのコンピューターシステムを管理していた自営業のギリシャ系男子
彼は確か1コ下だったか同い年でした。
ものすごく優しく
気遣いをして下さり
当時、買ったばかりの
青いプジョーをとっても大切に可愛がっていました。
イギリス系のクローズブランドがお気に入りで
時々、新作が入ってないか一緒に見に行った思い出があります。
この方は本当に優しく真面目で
家族の集まりにも友達として呼んでくれたりもし(こっちではよくあります)
その時にはネットで調べて
なんと
日本食
を作ってくれたほどの優しさぶり。
本当に欠点は見当たらない
という方でしたが
何故か
トキメくことが全くなく
会っているうちに変わるかな
と思っていましたが
最後まで恋心は芽生えず
従兄弟を見守っているような
よくわからない心持ちになってしまい
会う回数を重ねると
やっぱりお互いある程度いろいろ意識してくるものですし、
自分にその気がないのに
いろいろして下さることに罪悪感も感じ始めたので
ある日、正直にお話しました。
そんなの関係ないから友達として仲良くやろう、
と言ってくれましたが
やはり時間と共にお互いフェードアウト。。
エピソード 3
タクシードライバーの中国系男子
この方も確か同い年だったはず。
当時、仕事の関係で障害をお持ちの方々と関わらせて頂いていました。
その時にたまたま呼んだ車イス対応のタクシーの運転手さんでした。
一日の行程を終えた後、
このドライバーさんに
今までこの仕事をしていて
こんなに献身的かつ自然に障害者の人たちと接する人を見たのは初めてです
貴女は優しい方なのでしょう、と
食事に誘って下さいました。
この方もギリシャ系の方と同様、
とっても紳士的で優しかったです。
尚且つ、お金を貯めて起業したいという野心家で
すごいな、と思いましたが、
そういうお話をしているうちに基本的な物事への視点や考え方が全く違う、
と思うようになり、
また、
あ、ムリだな、と思ったのは
友達も交えてお家に一度BBQに呼んで下さったのですが
キッチンなど水周りの清潔度に大きな違いを感じ
ちょっと、正直、生理的にムリだと思いました。。
して、フェードアウト。。。
エピソード4
ずっと親身に支えてくれた地元年下男子
この子はずっと前に友達を通して知り合い、
英語の練習に、と申し出てくれて
お互い暇な時によくFBでチャットしていました。
彼は地元の農業高を卒業し
地元のリサイクル業の会社に勤めていました。
彼のお友達もみんないい人達なのだけど
ものすごいタトゥーが入ってたり
料金が期日中に支払えなくて電気が止まったり
そんな、
何と申しましょう、ワイルドなサバイバー(笑)が多かったです。
彼は生まれた環境や育ちが全く自分とは違う、
ということと
一人で外国にまでくる勇敢さにとても興味を持ってくれて
本当にたくさんたくさん話をした仲でした。
前の修羅場を体験することになった彼との話も
いつも聞き役として聞いてくれ
本当に今でも感謝しています。
彼は常にずっと私のことを好きだとは言ってくれていましたが
私にはその修羅場彼がいましたし、
叶う相手ではないと認めた上で
私と話すのは自分のためにいいから、
と関わり続けてくれていました。
現に、
彼はこの後、決意して
大学へ入ったのです。
今も頑張っているのではないかと思うのですが、
大学へ入る時にいろいろ相談をされていて
その時のやり取りで行き違いがあったりし、
自分がここまで漕ぎ着けられたのは
君のおかげに他ならないから感謝しているし、
君のことは生涯、忘れないと思う
でも、ここから後は自分の思うように自分の力と考えで頑張っていきたい
と
そこから連絡を取らないようになりました。
足がけ3年くらい
友達と一緒に遊んだり
頻繁にチャットしていたので
別に話をたくさんしたという以外には
何にもなかったのですが
お互いしんどいどん底の時を知ってるというのもあって
新しいスタートにはお互いにいない方がいいという結論になりました。
しかし、
この彼は本当に美形で
その後、
日本に旅行に行った際にはかなりのモテぶりだったよう。
私より年上の彼女を作って帰って来ていましたが
今はどうやら続いてない様子(友達情報)
正直、
その彼女さんは早く結婚したい、と
仰っていたそうで、
冷静に考えて
彼は大学に入ったばかりで
あと4年は学生、
その後も就職やらなんやら待ち構えているわけで
確固たる技術や経歴のない日本語のできない外国人が
日本に行って就ける職なんてあまり安定したものはなさそうだし、
いろいろ考えても無理がある、
(正直、無事に大学を卒業できるかの保証もないし。こっちは大学を卒業するのはそれなりに大変)
と思ったので、
その彼女さんもきちんと先を見て物事を考えられる方なのかしら?
なんて
余計なお世話さながら
勝手にちょっと心配したりもしましたが。
そんなこんなで
前の彼と別れた後、
一年半くらい
機会が降ってくるにも関わらず
全く異性にトキメかない自分に
当時は
『もう自分の恋愛感情は使い果たして疲れ果てて枯渇してしまったのではないか』
と心配すら覚え始め、
挙句、やることはいっぱいあるし、
と、ほとんど無関心を決め込んだ頃に
旦那氏の登場
となるわけです。
これはまた今度書きます。