さて

少し間が空きましたが

今日は留学時のお話を書こうと思います。



留学にあたって

目標は大学に編入して学位を取る

ということでしたが

もちろん、いきなり大学に入れる英語力なんてありません

語学学校からの開始です。

私が通った語学学校は本当に熱心な先生方が多く

今でも本当にいい学校で勉強できてよかったな

と思っています。

日本でも

最近の先生方は

保護者の方々からのクレーム回避などの目的も相まって

あまり怒らず

熱血さが薄れてきている傾向があるようですが

その比ではなく、こちらの先生方は

「自分の仕事だけこなしていたらいい」

という方が多いように見受けられます。

ですが

私が通っていた語学学校の

一番厳しい先生なんかは

本当に厳しいし、よく怒るし、怒り方ハンパないし

という感じで

その先生のクラスルームは

いつも緊張した雰囲気でしたドキドキ左矢印違う意味でドキドキ

でも、

この先生、

よく仰っていました

「君たちが真剣に勉強してこないのは

本来、僕は一向にかまわないが

一体いくらのお金を払って、

自国を離れて遠い国まできて勉強しにきてるんだ?

僕はただ

お金と

君たちのその労力

それに見合っただけの結果を

君たちに得て欲しいだけなんだ」


と。

私は心打たれたものでした。

それでもやっぱり怖かったけど汗



この語学学校は大学付属の学校だったので

一般の学生(日本の大学生の休み中の留学の場合など)に向けて

Generalのコースもありましたが、

メインのコースは大学などさらなる高等教育機関に入る為のAcademicコースで、

私はもちろん、こちらのコースでした。



入学時に英語力テストを受け、

Speaking, Writing, Listening, Reading

と各セクション、レベル別に振り分けられ、

1session(確か5週間)中に

後半から課題が出されたり、

テストを受けたりし、

一定の点数以上を取らないと

次のレベルにあがれない、という仕組みでした。

語学学校の課題をクリアし

必要なレベルに到達できたら

それが英語力の証明になる

という学校でした。

だから、先生方も責任があるし

大学からのクレームも起こり得る訳で

必死だったのだと思います。

語学学校中にもいろんなドラマがありました。



人生の中で一番多国籍な環境にいた期間だと思います。

ブラジル、コロンビア、インド、フィリピン、タイ、ネパール、カンボジア、
ドイツ、サウジアラビア、シリア、韓国、中国、台湾etc

それはもういろんな国から生徒が集まっていました。



語学学校在学中に一番うんざりしたことは

もちろん最終的には国籍ではなく個人の問題なのですが、

本当にびっくり呆れてしまうくらい、

カンニングやずるをしようとする生徒が多かったこと。。。

一番タチが悪いのはWritingの課題で、

うまく書けた友達のをコピーして

名前だけ変えて提出

とか。。。ダウン

いくらなんでもそれはないやろ、の域なんて軽く突き抜けていた彼ら。



そんな中、地道に一生懸命、図書館なんかに残って勉強しているのは

やっぱり日本人か韓国人が多かったです。



あとは日本人は私の在学中は少数だったのですが

残念なことに日本人女性同士の諍いが頻繁にあったことあせる

みんないい大人なのに(私より歳上の方々でした)

あの人がああ言ったこう言った、

ご飯を食べに行った時に私だけ誘われなかったetc



そんなわけで

英語の勉強にもならないから、と

できるだけ日本の生徒とは距離を置いていた私には

韓国人のお友達がたくさんできました。

楽しかったのですが、

一つ、

今も忘れられないエピソードがあります。

それは、

8月15日、

ただの偶然だったと今ならわかるのですが

奇しくも終戦記念日の日に、

韓国人の男の子にノートPCで

「ここがヘンだよ日本人」

のYou tubeの動画を見せられたのです。

そして、

これまた

奇しくも内容が日中韓の第二次世界大戦後の関係について、

だったのです。

今でも忘れません、ゾマホンが「日本は十分謝ってるでしょ!なんでまだいろいろ言う!」

と叫んでいたのが。。。

これを7人、韓国人6人+私1人というシチュエーションで見せられて、

『おもしろくない?どう思う?』

と聞かれて

私、

本当になんと答えていいかわからず

硬直してしまい

優しい観光人女子たちが

どうしたのか、といろいろと尋ねてくれるのですが

なんと言っていいかもわからず

情けないことに

なんと、

泣いてしまいましたガーン

もちろん、

きちんと泣きながらも言葉で

『私は私たちの先祖があなた達のご先祖様にしてしまったことは絶対に悪いことだと思っているし、

そのことに関しては悪いなと思っているけど、

でも、今、ここで私個人に言われても、私は何もできないし、

あなたが韓国人になることを選んで生まれてきたのではないのと一緒で

私も日本人になることを選んで生まれてきたわけではないし、

特に今、この第三か国に来て勉強している者同士としている状況で

そのことについて聞かれても、先祖が悪いことをして悪かったと思っている、

以外に言えることもできることもないの』

と伝えました。

そしたら、

その後、韓国人女子たちが、

そのノートPCを持ってきてyoutubeを見せた韓国人男子に

『ちょっとあんたどういうつもりで見せたのよ?!無神経じゃない?!』と

話してくれ、

韓国人男子当人からも、本当にたまたま今日だっただけで、

内容もたまたまこの内容だっただけで、

単純に(主にゾマホンが。笑)面白いと思ったから一緒に見たかっただけなんだ、

と話してくれてお互いのわだかまりが溶けました。



この時こそ、

良くも悪くも

自分はよそにくれば当然、

『日本人』



よいことも悪いこともすべて含めて

各個人のもつ日本に対するイメージが付随してくる

ことは回避できないのだな、と痛感したことはありません。



まあ、この件は完全に私の早とちりでしたがあせる

でも、これも終戦記念日、日本、韓国、とこのコマが揃うと必然的に

『そういうことか!』と

結びつけてしまう

それくらい普遍化してしまっている大きな歴史的なしこりなのだな、とも痛感したのです。



なんだか、後半にかけて結構シリアスな話題になりましたが、

このようにいろいろな経験もした語学学校時代でした。