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まりこ姉さん、
貴女が逝ってしまってから、早いもので一年になりますね

9/19放映のフジテレビ[ザ・ノンフィクション]観ましたよ。

あらためて姉さんの強さや[覚悟]が、並々ならぬものであったのだな、と感じます。

姉さんには、何度も励まされたり、慰められたり、燃え上がらせてもらいましたね。

元気づけようとメールを送ると、いつもその百万倍の[勇気]メールを返してくれました。
どちらが病人か、わかりませんでした。返信もいっつも早かった。癌の奴が暴れて、相当痛くて辛い時がたくさんあったでしょうにね…。

[キップがいい]
という形容詞が、ピッタリでしたね

そして、最も大きな置き土産。
よくぞ限られた時間の中で、しっかりと[継げるように残し]ていきましたね。

栄太朗さんと愚息は同い歳。
どうしても他人事と思えません。
たいした事はできませんが、応援したい気持ちは今もいっぱいです。最近は[面構え]が変わってきましたね。頼もしいですよ。私も地元大森生まれ。
今はマンションとなりましたが、かつて国道15号沿いにあった料亭の悟空林や(火事焼失後は)小町園にて、離れた部屋から聞こえる三味線の音に風情を感じ(生意気な小学生でしたね)、すれ違う艶やかな芸者さんたち
の美しい姿に、憧憬した記憶がはっきりとあります。いつも担当してくださった中居さんは、品がよくて、お顔立ちも所作も美しく、如才なく、以前は芸者さんだったのかな…と子供心に感じました。[おもてなし]との初めての出会いだったのでしょう。会席料理の器との相性や、盛り付けや色合いの繊細さや心配りを、幼少時に経験できた事は、[茶道]と並びその後の私の美学に少なからぬ影響を与えたようです。
かくも素晴らしき文化が、大森にはあったのです

が、しかし、かつての三業地の面影もなくなり[もう芸者さんを見ることも出来ないんだなぁ]と諦めていた時に出会えたのが、まりこ姉さん、貴女でした。
[私は座敷がかかれば、どこでも行くわよ!]とバーでのお座つきが実現したのでした。それから、[桜まつり]を開催したり、長くはない時間でしたが、濃い四年間でしたね。

先日は、そちらへ行きかけましたが[まだ早い]と追い返してくれて…

ありがとう

姉さんの分も、長生きさせていただきます。