ザ・グレンリベット15年
1823年に酒税法が改正されるまでスペイサイド地方には200を超える密造所が密集していた。
その中でもグレンリベットの創業者『ジョージ・スミス』は傑出したウイスキー職人であった。
時の国王『ジョージ4世』も愛飲するウイスキーを造るスミス。・・・ジョージ多いな、、
そんな密造の申し子的なスミスが政府公認蒸溜所の道を選んだからにゃーさぁ大変。
仲間から裏切り物扱いされ命まで狙われていたスミスは、護身用のピストルを2丁肌身離さず持っていたというが、蒸溜所は何度も焼き討ちにあっている。
エグっ。スミス頑張れ!
そんなスミスのウイスキーは徐々に証明されモルトウイスキーの代名詞とまで言われるようになりあやかる蒸溜所が多数出没。手のひら返し早っ。怖っ。
勝手に「グレンリベット」と名乗るところが急増したため訴訟を起こし勝訴。以降単独で「グレンリベット」と名乗って良いのは定冠詞を付した『ザ・グレンリベット』だけとなった。やったな、スミス! 
乾杯! ルネッサ〜ンス! リベットの話は尽きない
今宵もよろしくお願いします