マッカラン18年 神戸トアロード bar sakai
わたくし事でお話します。
今日、お葬式に行ってきた。
私が18歳の時からお世話になったお客様。
ホテル時代18年間お世話になった。
私が、初めて、カクテルをつくって提供させていただいたのは、亡くなられた W氏と奥様であった。
こちらのご夫婦が、いなければ、私のバーテンダー人生は、はじまらなかったと思う。
今でも、思い出す初めてのカクテル。
奥様が、
「ダイキリ」
W氏が
「ジンフィズ」
一番シンプルで、オーソドックスで一番難しいカクテルである。
カクテルと言う物は、シンプルなほど、難しいのである。
まだ、ひよっこのハナタレ小僧の私につくらせてくれたのです。
そんな事も知らなかった私は、緊張しながらでも、普通に提供した。
それがはじまりである。
もう少し甘くしてとか、いろんな事を言われた記憶がある。
でもあなたのカクテル美味しいよと言ってくれた。
私は、18年も前のこの、ご夫婦のやりとりを、鮮明に覚えていると言うことは、
今でも、不思議に思う。
そして、何年後かにご夫婦で、お目見えしなくなった、おかしいと思いつつ、
私は、W氏には、奥さまの事は、聞こうとしなかった、いや聞くのがなにかセツナクテ
いつも聞く気にならなかった。
そして、幾年がたっても、私に良くしていただいた。
その後、私が社内移動で、あらゆるレストラン、バーに配属されても、私の追っかけのように、来店してくれた。
そして、私が独立し、お店を開いても、応援してくれた。
去年2月26日にオープンし、夏過ぎたぐらいに、来られなくなった、何かあったと思いつつも、連絡は取らなかった。
そして、12月31日に店の電話が鳴った。
W氏からであった。
何かすごい、カボソイ声で、検査して悪い所が見つかって、2月に入院だからって言う電話であった。
そのW氏の声を聞いて、私は何かすごい変な予感がしていた。
わざわざ大晦日の日に、連絡して来るって変だなあっと思いつつ、また店に寄って下さいと、たわいもない会話
で電話をきった。
今、思うと、なにかいたたまれない。
W氏とは、それが最後であった。
W 氏がキープしてくれたボトルである、マッカラン18年、これもなにか今考えると不思議に思う。
18年間、18年前の月日、記憶が詰まってる。
これだけ残し亡くなられた、これは私への贈り物なのか?
これは、今は、飲まずにおいておこう。
色々ありがとうございました。
やすらかにお眠りください。
合掌
今、神戸は、雨が降り出した。
さあ、仕事がんばろう。
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