ふたりの人、ひとつの静かな場所

八千キロ離れた場所にいる、ふたりの人を思い浮かべてください。

ひとりめは、ポルトガルの小さな教会にいるおばあさんです。ひざまずき、目を閉じて、愛する人たちのために祈りはじめます。ひとりずつ、名前を挙げていきます——娘、隣人、そして通りの先に住む、いまだに心から許せていないあの男の人。どうか無事でありますように。健やかでありますように。安らぎが見つかりますように。

ふたりめは、タイの森の僧院にいる僧侶です。足を組んで座り、目を閉じて、メッタ——慈しみの瞑想——の実践をはじめます。心の中でいくつかの句を繰り返しながら、それをまず自分自身に、次に愛する人に、それから見知らぬ人に、さらには苦手な相手に、そして最後には、あらゆる場所のあらゆる生きものに向けていきます。どうか安全でありますように。健やかでありますように。安らかでありますように。

ふたりとも、相手の宗教について詳しいことは何ひとつ知りません。片方は、自分は神に語りかけているのだと信じています。もう片方は、自分は心のある性質を育てているのだと考えています。ふたりの神学は、これ以上ないほど違います——片方は神という存在に話しかけていて、もう片方は、そのような存在がいるとはそもそも考えていないのですから。

けれども、ふたりが実際にしていることを見てください。どちらも、一日の喧騒から身を引いています。どちらも、目を閉じ、呼吸をゆるめています。どちらも、他の人間をひとりずつ心に抱き、その人に向かって、意図して温かさを生み出しています——しかも肝心なことに、苦手な相手に対しても、です。そしてどちらも、終わって立ち上がるときには、少し柔らかく、少し鎧が薄く、まわりの人たちと少しつながった気持ちになっているのです。

このふたりは想像上の人物ですが、ぎりぎり想像上、というところです——世界にはこのふたりが何百万人という単位で実在していて、あなた自身、どちらかを知っているかもしれません。この本は、その観察から始まりました。ラベルを剥がしてみれば——祈り、メッタ、神、心——そこにいるのは、自分の注意と心を使って、ほとんど同じことをしているふたりの人間です。包み紙は違います。その下で行われている営みは、驚くほど似ているのです。