その2



資料が多くて一度にできませんでしたショック!



クロ・サン・ドニ V.V ドメーヌ・シェゾー (ポンソ) 1986



トータル11ha弱のドメーヌは半分以上の5.7haがグラン・クリュという、その所有する畑のクオリティは群を抜く。樹齢に関してはクロ・ド・ラ・ロシュで50年、クロ・サン・ドニは90年を数え、他のクリュも平均で30年以上と、樹齢の高さにも尋常ならざるものがある。加えてグラン・クリュでも18年未満のぶどう樹からの果実はデクラッセ(格落ち)し、プルミエ・クリュとしてリリースするという徹底ぶり。
収穫量に目を向ければシャンベルタン、クロ・ド・ラ・ロシュ等グラン・クリュの上限はヘクタール当たり35hlだが、ドメーヌ・ポンソにおいてはリミットまで目一杯収穫する等ということはありえず、平均で3分の2から半分、少ないときには
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ケタ台ということもしばしば。

醸造に関しては、酸化防止剤として用いられるSO2は他のドメーヌで使用する量の3分の1
から5分の1と極力抑え、また多くのつくり手がグラン・クリュ

ほど高い割合であてがう新樽もポンソでは一切用いない。

(ポンソ家)

ドメーヌ・ポンソは、1872年に、ウイリアム・ポンソ氏が、モン・リュイザンやクロ・ド・ラ・ロッシュ等の畑と館を購入したことを起源とし、後継者ののいなかった初代ウイリアム氏のあとを従兄弟のイッポリィト・ポンソ氏が1920年より2代目を引き継ぎ、クロ・ド・ラ・ロッシュの畑を買い足し、また、1932年よりドメーヌでの瓶詰を始め、ドメーヌを発展させた。

イッポリィト氏は、弁護士であり、第一次世界大戦の大尉を務めた人物であり、また、1935から1936年にかけてのブルゴーニュにおけるブドウ畑のAOC格付けを制定したブルゴーニュ委員会の一人だった。

イッポリィト氏の息子のジャン・マリー・ポンソ氏が1947年より栽培とワイン造りに参画。3代目のジャン・マリー氏は、長年モレ・サン・ドニ村の村長を務め、シュヴァリエ・ド・タスト・ヴァンの評議委員でもあり、また、1960年代に始まったブルゴーニュのピノ・ノワールのクローン・セレクションの開拓者である。


最も評判のよい多くのピノ・ノワール(113,114,115,667等)は、ドメーヌ・ポンソのクロ・ド・ラ・ロッシュのブドウ木から選ばれており、その源の母木は今日のブルゴーニュの基本となっている。

 1981年からは、国立商科大学を卒業し旅行代理店を経営していた息子のローラン・ポンソ氏が帰郷し、家族のドメーヌに加わった。

 *ドメーヌ・デ・シェゾーに関して。

グリオット・シャンベルタンの最大所有者にして、樹齢100年近くのクロ・サン・ドニを所有している名家。 現在では家族にワインメーカーがいないため、ベルトー、ルネ・ルクレール、そしてポンソと名だたる作り手に畑を貸している。





池上でのハッピーライフ



エシェゾー クロ・フランタン 1979

クロ・フランタン家  ホームページより

ブルゴーニュのブドウ畑とナポレオンとは、大変深い関わりがあります。
まず、ブルゴーニュの畑の区画が現在の形になったのは、ナポレオンの時代でした。フランス革命を経て貴族や寺院が所有していたブドウ畑が没収され、1804年に発布されたナポレオン法典によって、ブルゴーニュの畑の再整理が推進されたのです。今ある古参ドメーヌの多くは、この時にブドウ畑を所有した農家に起源を発しています。「ドメーヌ・デュ・クロ・フランタン」も同様です。

ナポレオンと言えば、好んだワインとされるのが「シャンベルタン」。「ジュブレ・シャンベルタン」というのがそのワインを産する村の名ですが、実はこの村はナポレオン1世の時代にはジュブレ村という名でした。「シャンベルタン」というのはもともとある畑の名で、あまりに有名な畑なので、これを村の名前に加えてしまったものです。

ナポレオンが失脚し、後にブルボン家が一時的に復活する19世紀半ばに、ジュブレ村は「ジュブレ・シャンベルタン村」と名を変えました。ブルゴーニュの地名では、こうした例は珍しくありません。現在、ジュブレ・シャンベルタン村には、「○○シャンベルタン」の名が付く特級畑だけで9つもありますが、「シャンベルタン」は今も最高峰の畑として君臨しています。当時ナポレオンがよく飲んでいたとされるワインが、「ドメーヌ・デュ・クロ・フランタンのシャンベルタン」でした。

ナポレオン1世の第1将軍として、当時のクロ・フランタンの所有者だったルグラン将軍がいたことから、将軍を通じてクロ・フランタンのワインが皇帝のもとへ届けられていたと思われます。

このようにして、クロ・フランタンはナポレオン時代にその栄光が始まって、その品質はナポレオンの名と共にあっという間にヨーロッパ中に知れ渡ったと推察されます。

*現在は、ボーヌのネゴシアン 「アルベール・ビショー」が一括管理している。ビショ家は早くから、ステンレスタンクを導入するなど、品質への投資を惜しまない大手ワイナリーとして知られている。





ジュヴレ・シャンベルタン アントナン・ロデ 1964



アントナン・ロデ社はフランス・ブルゴーニュ地方メルキュレに本拠を置く1875年設立のネゴシアン。現在ではブルゴーニュ全域に180haものブドウ畑を所有する当地でも大規模な醸造元。 1990年以降、同社の最高醸造責任者を務めるナディーヌ・ギュブランはフランスのワイン専門誌『ルヴュ・デュ・ヴァン・ド・フランス誌』において1997年に女性で初めて「ベスト・エノロジスト・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。


契約したブドウ栽培農家との厚い信頼のもとにつくられるネゴシアン・ワインであるアントナン・ロデ・シリーズのみならず、ドメーヌ・ジャック・プリウール、ドメーヌ・ド・ペルドリ、シャトー・ド・シャミレィ、シャトー・ド・リュリーなどの彼らが所有もしくは販売権を持つ全ワインに、彼女の感性は反映されており、一貫して洗練された味わいのワインが造られている。

現在、ボワゼル社がこのワイナリーを買収し、これからの飛躍を期待されている。







上の二つの写真を忘れてしまいました。


追加で頂けたら


ご報告しますべーっだ!


では


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