サンスクリット語で歌われるフィリップ・グラスのオペラ!題材はガンジー!
METライブビューイングを観に行くのは
ジョン・アダムズの『ドクター・アトミック』に続いて2度目。
本当は『中国のニクソン』も興味が有り、見たかったのですが
『ドクター・アトミック』を聴いた時の音響設計の悪さに嫌気がさして躊躇してしまったんですよね・・
今回は新宿ピカデリーで見たのですが東劇よりもこちらの音の方が
私は相性が良さそうです。
フィリップ・グラス『サティアグラハ』
指揮 ダンテ・アンゾリーニ
出演 リチャード・クロフト、ラシェル・ダーキン、
キム・ジョーセフソン、アルフレッド・ウォーカー
演出 フェリム・マクダーモット&ジュリアン・クローチ
さて、フィリップ・グラスの『サティアグラハ』
初演は1980年
ガンジーの若い頃を題材にしている。
あらすじによると時代は1896年~1913年。
と言ってもストーリーは時代順に並んでいるのではなく、
ガンジーと関連のある過去、現在、未来の人物名がその幕の名前に付けられている。
第1幕 トルストイ
第1場 クル族の『義』の戦場
第2幕 トルストイ農場(1910年)
第3幕 誓い(1906年)
第2幕 タゴール
第1幕 対決と救助(1896年)
第2幕 『インディアン・オピニオン』紙(1906年)
第3幕 抗議(1908年)
第3幕 キング
ニューキャッスル大行進(1913年)
歌詞は、サンスクリット語によるヒンドゥー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』の言葉が使われており、その歌詞と舞台上の出来事には関連性が無い。
そしてフィリップ・グラスの『意味にとらわれず音として体感される歌詞と、歌詞の影響を受けずに語られる物語』という意図を尊重するために字幕は最小限におさているとの事。
サンスクリット語で歌われるフィリップ・グラスのオペラ!題材はガンジー!
という事で、興味もあり、しかし寝てしまわないか・・と不安も抱きながら観に行きました。
しかし大変面白かったです!
ガンジー役のリチャード・クロフトの歌も素晴らしかったですし、演出も良かった。
又、スキルズ・アンサンブルと言う舞台上で必要な全てのスキルを持った集団
(確かそのような事をインタビューで答えてました。)の動きも見ていて楽しかったですし、
第三幕でのキング牧師の演説シーンを背後でスローモーションで動いて見せているのも、
音楽と相まって印象的でした。
そしてフィリップ・グラスの音楽!
演出が割合とミュージカルっぽく見える部分もあったせいか
音楽もミュージカル的響きに聴こえたりして、とっつきにくいという感じではありませんでした。
又、反論はあるかもしれませんが、作品としてミュージカル的に見えたせいで、
いわゆるアメリカのミュージカルのような
歌詞の意味が分からなくても何となく意味も伝わり楽しめる物。
又、ガンジーの理念・思想をごく一部しか言葉として知らなくても
(サンスクリット語の歌詞、字幕なし。しかしごく一部、字幕有り)
ガンジーの服装やニュース映像などのビジュアルで見るだけでも伝わる・・
(演出や音楽によって)
という、私達が受けているガンジーのイメージをそのままオペラ化した物
なのかしら?と思いました。
何と言うか・・
「ガンジーの(だけでなく、マザー・テレサやアウンサン・スーチーもそうだと思うけれども)イコンとして民族衣装や制服で通して、行動を見せる→それだけで人は分かる」という事、そのものをオペラ化したような印象を受けた。言葉は無くても分かる・・というか・・
幕間のガンジーのドキュメンタリー映像でも
インタビューに答えていた方がガンジーの行動を
パフォーマンス的とも言っていたような気がします。
それにしても・・
歌詞はストーリーとは関連が無い・・・
となった場合、演出ってどうするのだろうか・・・
今回、入り口で「あらすじ」を貰ったが
あらすじ・・という事は、キチンとした筋は別にあって
それに基づいて演出している・・・という事なんでしょうね?
METライブビューイングを観に行くのは
ジョン・アダムズの『ドクター・アトミック』に続いて2度目。
本当は『中国のニクソン』も興味が有り、見たかったのですが
『ドクター・アトミック』を聴いた時の音響設計の悪さに嫌気がさして躊躇してしまったんですよね・・
今回は新宿ピカデリーで見たのですが東劇よりもこちらの音の方が
私は相性が良さそうです。
フィリップ・グラス『サティアグラハ』
指揮 ダンテ・アンゾリーニ
出演 リチャード・クロフト、ラシェル・ダーキン、
キム・ジョーセフソン、アルフレッド・ウォーカー
演出 フェリム・マクダーモット&ジュリアン・クローチ
さて、フィリップ・グラスの『サティアグラハ』
初演は1980年
ガンジーの若い頃を題材にしている。
あらすじによると時代は1896年~1913年。
と言ってもストーリーは時代順に並んでいるのではなく、
ガンジーと関連のある過去、現在、未来の人物名がその幕の名前に付けられている。
第1幕 トルストイ
第1場 クル族の『義』の戦場
第2幕 トルストイ農場(1910年)
第3幕 誓い(1906年)
第2幕 タゴール
第1幕 対決と救助(1896年)
第2幕 『インディアン・オピニオン』紙(1906年)
第3幕 抗議(1908年)
第3幕 キング
ニューキャッスル大行進(1913年)
歌詞は、サンスクリット語によるヒンドゥー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』の言葉が使われており、その歌詞と舞台上の出来事には関連性が無い。
そしてフィリップ・グラスの『意味にとらわれず音として体感される歌詞と、歌詞の影響を受けずに語られる物語』という意図を尊重するために字幕は最小限におさているとの事。
サンスクリット語で歌われるフィリップ・グラスのオペラ!題材はガンジー!
という事で、興味もあり、しかし寝てしまわないか・・と不安も抱きながら観に行きました。
しかし大変面白かったです!
ガンジー役のリチャード・クロフトの歌も素晴らしかったですし、演出も良かった。
又、スキルズ・アンサンブルと言う舞台上で必要な全てのスキルを持った集団
(確かそのような事をインタビューで答えてました。)の動きも見ていて楽しかったですし、
第三幕でのキング牧師の演説シーンを背後でスローモーションで動いて見せているのも、
音楽と相まって印象的でした。
そしてフィリップ・グラスの音楽!
演出が割合とミュージカルっぽく見える部分もあったせいか
音楽もミュージカル的響きに聴こえたりして、とっつきにくいという感じではありませんでした。
又、反論はあるかもしれませんが、作品としてミュージカル的に見えたせいで、
いわゆるアメリカのミュージカルのような
歌詞の意味が分からなくても何となく意味も伝わり楽しめる物。
又、ガンジーの理念・思想をごく一部しか言葉として知らなくても
(サンスクリット語の歌詞、字幕なし。しかしごく一部、字幕有り)
ガンジーの服装やニュース映像などのビジュアルで見るだけでも伝わる・・
(演出や音楽によって)
という、私達が受けているガンジーのイメージをそのままオペラ化した物
なのかしら?と思いました。
何と言うか・・
「ガンジーの(だけでなく、マザー・テレサやアウンサン・スーチーもそうだと思うけれども)イコンとして民族衣装や制服で通して、行動を見せる→それだけで人は分かる」という事、そのものをオペラ化したような印象を受けた。言葉は無くても分かる・・というか・・
幕間のガンジーのドキュメンタリー映像でも
インタビューに答えていた方がガンジーの行動を
パフォーマンス的とも言っていたような気がします。
それにしても・・
歌詞はストーリーとは関連が無い・・・
となった場合、演出ってどうするのだろうか・・・
今回、入り口で「あらすじ」を貰ったが
あらすじ・・という事は、キチンとした筋は別にあって
それに基づいて演出している・・・という事なんでしょうね?