歴史と歴史小説について
巷には歴史小説なるものが沢山あります。
例えばAさんという30歳の人がいます。
この人の「歴史」というものを記述する時、本人の口から語られる場合、「私は~~してこの高校を卒業して~~という大学を出て、~~という会社に入りました」というのは極めて自己的な「歴史=事実」であります。
しかし、このAさんとは異なる他人からAさんを語る場合、「Aさんは~~という高校 を出るときの卒業式に大層泣いていた」とするならば、これはエピソードという視点からAさんという人に彩りされる訳であります。
もっと具体的に言うと、Aさんという人が靖国通りを苦しそうな顔で歩いているとすると、他から見れば歩くのも苦しそうな程の病気のようでありましたが、実はトイレに行きたくて仕様がないということが現実であったりします。
これはAさんになりきって想像する他ありません。
こうした(想像する)ことが、小説の醍醐味でしょうか。
つまり、歴史は単純に事実に基づいたことを列記するだけですが、歴史小説は事実に想像という肉付けしたものではなかろうかと思います。
このように、歴史と歴史小説では事実と事実から来る想像という違いがあるように思えます。
だから小説は面白いのかもしれません。