政治が信用されない理由
多くの日本人は政治に対して信用していません。
その裏返しとして『誰が政治をしても自分たちの生活は変わらない』と思っているからです。
信用されていないという言葉が適切でないとすれば政治が万能の薬だと思われていないということでしょうか。
その理由として以下の理由が考えられます。
1.政治にお金がかかる
これは言うまでもありません。小選挙区制度に変更されましたが、一度の選挙で下手をすれば億単位のお金がかかります。また、一度選挙に当選しても地盤を固める維持費が莫大なものとなります。
例えば、春の報告会や夏の夕べ等と題したパーティをすれば、それだけで相当の額が計上されます。また、スタッフの経費を考慮すれば一介の民間人が参入できるものではありません。
2.議員立法の割合が低い
多くの人が気づいていると思いますが、国会の答弁はほぼ事前にできています。国会議員は会議前に一生懸命勉強しますが、国会(小委員会)では会議そのものが予定調和であることを知っています。
採決のサインは議長(委員長)がメガネを動かした時、等ということを知っているわけです。
さらに、このブログでも何度も書きましたが、議員立法の割合は約3割であり、実質的な国会(政策論争)は官僚が作成しています。これでは誰がやっても同じだということです。
3.制度そのものが民主制度を疲弊させている
国会には議長の諮問機関である『議連』というものがあります。これはどういう進行で会議を進めていくかということも事前に協議するものです。こうすれば上述のようにどのタイミングで採決するかということや、どこまで議論するかということが事前に分かっている裏返しなのです。つまり、多くの議題は官僚の答弁等に則り、政治家の言葉が反映されていないことにもなります。
これでは民主主義というより、談合政治と言われても仕様がありません。
以上、私が個人的に考えるところを述べました。
この他、米国等では政治家のスタッフになることはその後の人生は相当に開けており、多くの若者が政治に参加したいという意識が醸成されています。
日本では、政策スタッフは主に秘書で賄われており、しかも黒子の存在です。これでは若者が政治に参加したいという気概を失せさせます。だから優秀な人間が給与が高いとされる外資系と言われる会社に入ってしまうのです。
単純に言いますと、優秀な人間(エリートと言われる)が政治に参加しないということです。
これが、日本の政治がいつまで経っても3流と言われる所以です。