船は木造だ。島での船作りはやはり職人達がいたのだろう。
宮大工ならぬ船大工。接着剤代わりの物や釘も使っていたのだろう。
貨幣もあったらしいから、鉄や他の金属を溶かす技術もあったろう。刀鍛冶という人々も居た。そうした技術を伝えるのはわけもない。
釘を使い、水が沁みたり漏れたりしない、継ぎ部に塗る船作りがあった。
その頃、鉄砲が伝来したのを機に、それを分解研究し同じ物を日本でも作る。そうした日本人が居てもおかしくはない。輸入するだけじゃない、国内で作る。鉄を溶かす事や火薬作りの技術。
海に囲まれた日本だからこその水軍の技術の応用。
それが後々の造船技術へ生かされる。