「最勝院四天王院の名所の障子の歌に、生田の森の歌入らずとて、所々にしてあざけりそしる。あまつさえ種々の過言、かへりては己れが放逸を知らざる。まことに清濁を弁えぬは遺恨なれども、代々勅撰承るともがらも、必ずしも万人のこころに適う事はなけれども、傍輩なほ誹謗することやはある。」
それから、定家がプロデュースしてくれた、最勝院四天王院の名所の障子の歌に、定家自作の「生田の森」の歌が取られなかったといって、あちこちで「院の選歌センス、ダサい」とか、嘲笑しまくった。
それにとどまらない毒舌の数々、つまり、己の空気の読めなさをわかっていないのだ。
…まあ、朕も、「生田の森」については、歌の良し悪しを見誤った。(´・ω・`)
だが、今まで代々の勅撰の選者に任命された人々も、あらゆる人の心に叶う選歌ができたわけでもなかった。
それでも、選者として仲間同士でそれを、さらに罵倒しあうことなど、あっただろうか。ない。

「総じて彼の卿が歌の姿、殊勝のものなれども、人のまねぶべき風情にはあらず。心有る様をば庶幾せず。ただ詞すがたの艶に優しきを本体とせる間、その骨優れざらむ初心のもの真似ばば、正体なきことになりぬべし。」
結論として、あの卿の歌の体、すぐれたものではあるが、人が習うべき風情ではない。
本質的に、あ奴は歌に「心」(人間的な感情表現)を求めていない。
ただ、言語表現の妖艶さ優美さを本質としているので、
歌の骨法を体得していない初心者がそれを真似すれば、ひ弱なアート気取り野郎になってしまうだろう。

「定家は生来の上手にてこそ、心なにとはなけれども美しくは言ひつづけ付けたれば、殊勝のものにてこそはあれ。
秋とだに吹きあへぬ風に色かはるいくたの森の露のした草」
定家は生まれついての天才だから、特に表現すべき感情がなくても、美しく詞を言い流しただけで、優れたものになるのだ。で、問題の「生田の森」だが。
秋風、というでもなく、かすかに、かすかにそよ吹く風に、色が移ろっていく...
...生田の森の露に濡れた下草。

「まことに、秋とだに、とうちはじめたるより、ふきあへぬ風に色かはるといへる詞つづき、露の下草と置ける下の句、上下あひかねて優なる歌の本体と見ゆ。かの障子の生田の森の歌には、まことにまさりて見ゆらむ。しかはあれども、如比(このごとき)の失錯自他、今もいまもあるべき事なり。さればとて、永き咎になるべきにあらず。」
まあ和歌を現代語訳してもしょうがないんだが、この、「秋というほどでも...」と歌いはじめ、そして「というほど吹きつのるでもない風に、色が移ろう」と続く、ことばの流れ。
...うむ、実にすばらしいではないか。
そして、「露の下草」と歌い収める下の句。
「下草の露」じゃないという点にも、注目だ。
上の句と下の句が調和し、優美な歌の本質を備えた例と見える。
確かに、あの名所障子の生田の歌として採ったら、素晴らしく見えたことだろう。
しかし、このような歌の評価の間違いは、いつ誰にだって、あることだ。
間違えたからといって、いつまでも批判されるほどじゃないだろう。

「この歌も、よくよく見るべし。詞のやさしく艶なる外は、心もおもかげもいたくは無きなり。森の下に少し枯れたる草のあるより外は、景気も理もなけれども、いひながしたることば続きのいみじきにてこそあれ。」
では、この歌もじっくり検討してみよう。
ことばの音調の流れが優美である以外、一首に込められた感情とか意味も、イメージの興趣も、それほどはっきりある訳ではない。
要は、森の下に少し枯れた草があるだけで、四季の絵画的なイメージのおもしろさや、意味というのもないけれども、言い流したことばの流れが、優れているのだ。

「案内知らぬものなどは、か様の歌をば何とも心得ぬ間、彼の卿が秀歌とて人の口にある歌多くもなし。自ずからあるも、主が心には不受なり。釈阿、西行などが最上の秀歌は、詞も優にやさしき上、心ことに深く謂はれも有る故に、人の口にある歌不可勝斗(あげてはかるべからず)」
定家卿や朕のレベルで歌のことを学んでない者どもは、こういう歌を何とも理解できないから、定家卿の歌の中で、大ヒットとして人々が口ずさむものも、そんな多くない。
もちろん優れた歌はあるが、本人がそんなの全然ダメと主張するんだから、仕方ない。
釈阿(定家の父、俊成)、西行などの最高傑作レベルの歌は、ことばも優美で、感情も深く、また趣き深いエピソードもあったりするから、人の愛唱歌は数え切れないほどある。

「凡そ顕宗なりとも良きは良く愚意に覚る間、一すぢに彼卿が我心に適はぬをもて、無左右(左右なく)歌見知らずと定むることも偏執の義なり。すべて心には適はぬなり。歌見知らぬは事かけぬ事なり。撰集にも入りて、後代にも留まることは歌にてこそはあれ。たとひ見知らずとても、さまで恨みにはあらず」
仏教の神髄を知らない顕教の僧侶であっても、優れた僧侶なら、愚かな解釈のままであっても、悟りに達するというではないか。
定家卿が、自分と異なる意見のものは、歌を知らないと決めつけているのも、かたくなな感情にすぎないのではないか。
自分の心のままになるものなど、何一つこの世にはないのだ。
歌をアカデミックに理解してない、とかいうことに、それほどこだわることもないだろう。撰集などに入って、後の世にも残ることは、歌人の知識なんかの問題ではなく、その歌自体のもんだいではないか。
作者に専門的な知識がなくとも、たいした欠点というわけでもないのだ。
それから、定家がプロデュースしてくれた、最勝院四天王院の名所の障子の歌に、定家自作の「生田の森」の歌が取られなかったといって、あちこちで「院の選歌センス、ダサい」とか、嘲笑しまくった。
それにとどまらない毒舌の数々、つまり、己の空気の読めなさをわかっていないのだ。
…まあ、朕も、「生田の森」については、歌の良し悪しを見誤った。(´・ω・`)
だが、今まで代々の勅撰の選者に任命された人々も、あらゆる人の心に叶う選歌ができたわけでもなかった。
それでも、選者として仲間同士でそれを、さらに罵倒しあうことなど、あっただろうか。ない。

「総じて彼の卿が歌の姿、殊勝のものなれども、人のまねぶべき風情にはあらず。心有る様をば庶幾せず。ただ詞すがたの艶に優しきを本体とせる間、その骨優れざらむ初心のもの真似ばば、正体なきことになりぬべし。」
結論として、あの卿の歌の体、すぐれたものではあるが、人が習うべき風情ではない。
本質的に、あ奴は歌に「心」(人間的な感情表現)を求めていない。
ただ、言語表現の妖艶さ優美さを本質としているので、
歌の骨法を体得していない初心者がそれを真似すれば、ひ弱なアート気取り野郎になってしまうだろう。

「定家は生来の上手にてこそ、心なにとはなけれども美しくは言ひつづけ付けたれば、殊勝のものにてこそはあれ。
秋とだに吹きあへぬ風に色かはるいくたの森の露のした草」
定家は生まれついての天才だから、特に表現すべき感情がなくても、美しく詞を言い流しただけで、優れたものになるのだ。で、問題の「生田の森」だが。
秋風、というでもなく、かすかに、かすかにそよ吹く風に、色が移ろっていく...
...生田の森の露に濡れた下草。

「まことに、秋とだに、とうちはじめたるより、ふきあへぬ風に色かはるといへる詞つづき、露の下草と置ける下の句、上下あひかねて優なる歌の本体と見ゆ。かの障子の生田の森の歌には、まことにまさりて見ゆらむ。しかはあれども、如比(このごとき)の失錯自他、今もいまもあるべき事なり。さればとて、永き咎になるべきにあらず。」
まあ和歌を現代語訳してもしょうがないんだが、この、「秋というほどでも...」と歌いはじめ、そして「というほど吹きつのるでもない風に、色が移ろう」と続く、ことばの流れ。
...うむ、実にすばらしいではないか。
そして、「露の下草」と歌い収める下の句。
「下草の露」じゃないという点にも、注目だ。
上の句と下の句が調和し、優美な歌の本質を備えた例と見える。
確かに、あの名所障子の生田の歌として採ったら、素晴らしく見えたことだろう。
しかし、このような歌の評価の間違いは、いつ誰にだって、あることだ。
間違えたからといって、いつまでも批判されるほどじゃないだろう。

「この歌も、よくよく見るべし。詞のやさしく艶なる外は、心もおもかげもいたくは無きなり。森の下に少し枯れたる草のあるより外は、景気も理もなけれども、いひながしたることば続きのいみじきにてこそあれ。」
では、この歌もじっくり検討してみよう。
ことばの音調の流れが優美である以外、一首に込められた感情とか意味も、イメージの興趣も、それほどはっきりある訳ではない。
要は、森の下に少し枯れた草があるだけで、四季の絵画的なイメージのおもしろさや、意味というのもないけれども、言い流したことばの流れが、優れているのだ。

「案内知らぬものなどは、か様の歌をば何とも心得ぬ間、彼の卿が秀歌とて人の口にある歌多くもなし。自ずからあるも、主が心には不受なり。釈阿、西行などが最上の秀歌は、詞も優にやさしき上、心ことに深く謂はれも有る故に、人の口にある歌不可勝斗(あげてはかるべからず)」
定家卿や朕のレベルで歌のことを学んでない者どもは、こういう歌を何とも理解できないから、定家卿の歌の中で、大ヒットとして人々が口ずさむものも、そんな多くない。
もちろん優れた歌はあるが、本人がそんなの全然ダメと主張するんだから、仕方ない。
釈阿(定家の父、俊成)、西行などの最高傑作レベルの歌は、ことばも優美で、感情も深く、また趣き深いエピソードもあったりするから、人の愛唱歌は数え切れないほどある。

「凡そ顕宗なりとも良きは良く愚意に覚る間、一すぢに彼卿が我心に適はぬをもて、無左右(左右なく)歌見知らずと定むることも偏執の義なり。すべて心には適はぬなり。歌見知らぬは事かけぬ事なり。撰集にも入りて、後代にも留まることは歌にてこそはあれ。たとひ見知らずとても、さまで恨みにはあらず」
仏教の神髄を知らない顕教の僧侶であっても、優れた僧侶なら、愚かな解釈のままであっても、悟りに達するというではないか。
定家卿が、自分と異なる意見のものは、歌を知らないと決めつけているのも、かたくなな感情にすぎないのではないか。
自分の心のままになるものなど、何一つこの世にはないのだ。
歌をアカデミックに理解してない、とかいうことに、それほどこだわることもないだろう。撰集などに入って、後の世にも残ることは、歌人の知識なんかの問題ではなく、その歌自体のもんだいではないか。
作者に専門的な知識がなくとも、たいした欠点というわけでもないのだ。