更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。(マタイ4-8~9)
仮に、私がそのように誘惑されたらどうするだろうかと考えた。
絶対的な自信はないのだが、やはり「退け、サタン」と言うと思う。なぜなら、イエスがそう言ったと書いてあるからだ。善悪・損得の問題ではない。究極的には主の言葉に従う以外、私は選択肢を持たないからである。
(ネットからお借りしました)
でも、これは「世のすべての国々」などという想像を越えた宝をぶら下げられたからこそ、そう答えられるのかも知れないとも思った。
もし、サタンがもっと現実的に、「ここに5000万円ある。形だけでもひれ伏してくれたらこれお前にやるよ」と言ってきたら、「わかった。じゃあ形だけってことで。ネットに拡散しないでね」などと言ってひれ伏すんだろうな。(←ダミだ、こりゃあ!!)
以上は私のような貧乏人の発想である。
しかし、生まれながらにして巨万の富を有する人なら、サタンの言葉は問題になるまい。現実に存在する富を如何にして守り、永続的に増殖させるかということが、何を措いても第一義的な問題になるだろうからである。
そのためには、自分自身がサタンになることも厭わないのではないか。人生は一度きりと考えるなら、自分が「選ばれた人」であることの妥当性を否定するのは極めて難しい。彼/彼女にとっては、それしか選択肢がなくなるのかも知れない。
陰謀論かどうかはともかく、こういうことを考える人間もいることだけは知っていてもいいように思う。↓
聖書は人間が本来善良な性質をもっていることを否定しているのである。
ありがとうございました。