いつかの私のブログのコメント欄で、ブロ友のbunさんが診察台のシーツについた硝酸銀汚れが落ちないとおっしゃっていました。返信で私は、「まさか濃硝酸をぶっかけるわけにはいかないでしょうから、べリッと破いちゃうのが一番いいでしょう」などと、おちゃらけたことを言いました。
答えが解らなかったので、ごまかすしかなかったのですが、この問題はいささかしんどい宿題として私の頭に残りました。
硝酸銀は、化学実験や医療の現場で多用される薬品です。無色透明ですので、気がつかないうちに手や衣服やシーツにくっつけてしまいがちです。そうなると、後でこんな具合になってしまいます。
茶色~黒色の染みになります。いかにも汚らしいので、できるなら取り除きたいですよね。
それで、始めはネットで汚れ落としの方法を調べてみました。
その結果、(調べた限りでは)硝酸銀汚れは落とすことができないとのことでした。
しかし、そう言われると俄然ファイトが湧くというアマノジャク根性を持っているので、それじゃあオレが何とかしてやろうと、10日間家に引きこもって、(その間に爆薬などをつくりながらWW)「研究」に専念したようなわけです。
結論を最初に言っておきます。
硝酸銀汚れは落とせます。
その方法をお伝えする前に、少しは苦労話を聴いてくださいな(笑)。
ただし、興味のない方はスルーされてもけっこうですよ。以下の緑字の部分なのですが、読まなくても汚れ落としのやり方だけはよく解るように述べるつもりですから。
○汚れの正体
戦うにはまず相手が何者であるかを知らねばなりません。
この黒っぽい汚れは、一体何なのでしょうか?
硝酸銀が布(綿布とします)にくっついたときの、予想される化学反応式を記します。
2AgNO₃→2Ag+2NO₂+O₂
光
つまり、硝酸銀が光エネルギーによって分解され、単体銀と二酸化窒素と酸素を生じます。
ここに、銀イオンは電子を受け取って還元され、硝酸イオンは電子を放って酸化されています。
還元された単体銀は微粒子として綿布の繊維に付着していると思われますので、確認のために顕微鏡を覗いてみました。
↑500倍です。(プレパラート作りが下手なのは御勘弁)。
草みたいなのは綿の繊維です。目を凝らせば、黒い粒粒、というよりも黒いアメーバ状のものが多数見えるのですが、これが銀粒子なのかどうか確信が持てません。他のもう少し優秀な顕微鏡で1000倍まで上げてみましたけれど、映像は似たようなものです。(そっちは写真が撮れません~。なにしろ原始的な顕微鏡なもんでして)。いずれにしても、銀粒子はナノレベルの大きさだと考えられます。
さらに、(このあたりは私もよく知らないのですが)、硝酸基の一部は綿布のセルロースに反応して硝酸エステル(ニトロセルロース)をつくるのではないかと考えます。医療分野で(これはbunさんから教えていただいたのですが)、硝酸銀が角質あるいはタンパク質そのものに対する腐食作用を持っている事実から類推すれば、当然あり得る反応だと思います。ただし、このことは硝酸銀汚れを落とす上では大した問題にならないことも確かでしょう。なぜなら、ニトロセルロースの生成量は少量でしょうし、物理的に(もみ洗いなどをすることによって)剥落させることが可能だからです。
○洗浄剤の選定
相手の正体が分りましたから、あとはそれを除去するための洗浄剤を何にしたらよいかという問題になります。厄介なのは、相手が金属銀ですから、そのままでは洗浄できません。何らかの化学物質に変化させなくてはならないわけです。
水に可溶の金属塩に変えることができればいいのですが、その過程で布地を傷めないという大前提があるので難しいのです。
・・・・というわけで、一応の筋道を立てながら、いろいろの薬品を試してみたのですが、どうにもうまくいきません。やっぱり無理なのかなあと絶望感に打ちひしがれそうになったので、ヤケクソで濃硝酸を使用してみることにしました。
はい、ここで緑字はおしまいで、核心的な部分に入ります。
濃硝酸を使う方法はbunさんからの問題提起のときに直感的に思い浮んだんです。ただ、布地を相当傷めるでしょうし、危険な薬品でもありますから、思いついたと同時に却下でした。でも、扱い方を知っている人が短時間使用するなら、やってみる価値はあるかなとも思いました。
やりますよ。
ひどい汚れの綿布です。
これを濃硝酸に浸します。
5秒間だけです!
↑あっという間に汚れが落ちていきます。
金属銀が短時間のうちに硝酸に溶けたのです。
これをすぐに水に入れてすすぎ、生成した硝酸銀と硝酸を落とします。
さらに、薄いアンモニア水に漬けて、残留硝酸を中和します。
あとは水洗いをして乾かします。
↑若干、染みは残りますが、いい線行っているでしょう?
濃硝酸に漬けたのは5秒間だけですから、布地もそれほど傷んでいないと思われます。
汚れを落とすだけなら簡単なんです。
ただし、これ、実用的じゃないですね。第一危ないですよ。
濃硝酸に代わる洗浄剤は何かと、またあれこれ、とんでもない薬品まで試してみたところで、ふっと気づいたのが塩素でした。
塩素は銀と直接反応して塩化銀をつくります。これなら市販の塩素系洗浄剤を使えるではありませんか。
しかし、その際生成した塩化銀がほとんど水に溶けないと来ているんですから、また壁にぶち当たりました。うーんうーんと眠れない夜がつづき、それでもしっかり8時間睡眠を取り(←どういうこっちゃ?)、ついに大悟に至りましたねえ。写真現像からの類推です。
写真現像はやったことがあるんですよ。フィルムに析出した銀粒子は大事なものなんですが、要らなくなった感光材の塩化銀は、チオ硫酸ナトリウムという薬品で洗い流すのです。ななななんと、つい2、3日前、爆薬に必要な硫黄を取るために使ったばかりではありませんか。
それにしても、どうしてここに気がつかなかったんでしょうねえ。やっぱ、かばかばか・・・・なんだよな。
そうと決まればやってみますよ~。
はい、このとびきり汚れた綿布。
いかなる聖人君子といえども、たちどころに逃げ出す乞食布。
これを5分間、塩素系洗剤(キッチンなんとかというやつです。酸素系だとますます黒くなりますから使わないでください!)の原液に漬けます。(この原液に漬けるのに気づくまで、またすったもんだでした。だって、注意書きに「原液では使わないでください」って書いてあるんだもの。正直者は馬鹿を見る?)。
↑効果はてきめん、さあーと汚れが落ちていきます。
若干、汚れは残りますが、これを水洗いした後、チオ硫酸ナトリウムの濃厚溶液に5分間浸します。
これやりませんとね、わずかに残っている塩化銀が、また黒ずみの原因になるんですよ。
乾かしました。
↑ちょっと染みにはなっていますけれどね、あの乞食に比べれば王子様でしょう。
最後に綿35%・ポリエステル65%の混紡でもやってみます。
はい、乞食。
やり方は綿布の場合と同じです。
はい、王子様。
↑どちらかというと混紡の方が落ちやすいです。
上のほうの茶色いシミは、クリップの鉄が錆になってくっついたものです。
○結論
硝酸銀汚れは落ちます。
最も合理的な方法は、塩素系洗剤の原液に5分間浸し、さらにチオ硫酸ナトリウムの濃厚液に5分間浸した後、水洗いをするというものであります。
まだ研究の余地はありますが、一応ご報告まで。
でもなあ・・・・誰じゃ、硝酸銀汚れが落ちないって言ったやつは!!!!!
↑指がひどいことになりました。
こればかりは落とさないほうがいいんです。
新しい皮膚が生じて来るまで、1カ月待たなくてはなりません。
本日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。