日光線・野岩線・会津線と結んで奥羽本線米沢に達する
野岩羽線構想の一翼を担うはずであった日中線
しかし
交通難所として知られていた山形・福島県境の飯豊連峰の大峠
旧国道121号を見ると大峠は狭く険しい長大な峠道で難工事が予想されることがわかる
米沢への工事は、熱塩まで線路が敷かれ
その先の現日中ダム付近まで進んだが
戦争のため工事が中止になり戦後延長工事されることは無かった
現国道121号の大峠トンネルが開通したのは1992年
日中線が1984年に全線廃止となった後であった