今までずっと書けなかったこと。
愛猫のハニーさんのこと。
ブログ読んでくださっていた方は薄々お気づきだったと思いますが、ハニーさんは2015年の5月11日に光の世界へ旅立ちました。
たぶん21歳になってたかな。(拾ったのが5月のいつだったか、はっきり覚えていない為)
今日で一周忌です。
ハニーさんの納骨をしていないので、まだうちに置いてあります。
そろそろ納骨しないとね。
私の中でずっと後悔があって、ブログに書く気持ちにならなかったので、ご報告がこんなタイミングになりました。
いつもそうだけど、私はパイン(愛犬)の時も、ハニーの時も最期を看取ることは出来ませんでした。
私の 数々の判断ミスがなければ、もしかしたら最期の時を一緒に過ごせたかもしれないのに。
って、今更そんなこと言ってもどうにもならないしね~(^^;;
たぶん、ハニーさんは私との約束(私がいるところで旅立つこと)を守ろうと頑張ってくれてたと思うの。それを受け取れなかったのは私の方。
ハニーさんと言えば、牙を出して寝てる顔が多かったね。
晩年のお気に入りだった、父の座椅子。
ハニーさんはうちの前の空き地に2度捨てされてたのよね。
家から15分ほどの所にあるK公園で兄弟達と捨てられていた(らしい)。
その公園からハニーさんを近所の子供が拾ってきたものの、親御さんに怒られて 我が家の前の空き地(当時)に捨てていったのね。
雨が朝から降っていて、
きっとお腹も空いてたろうし、寒かったろうし、子猫とは思えない大きな声でずっと鳴いてたんだよね。
家の親も「かわいそうでも絶対拾ってくるな」と私に念をおしてたけれど、ハニーの命をかけた呼びかけが響いちゃったんだよね。
拾ってきたものの、目すら開いてない状態。
じぶんで食べれないし、トイレもまだ出来ない。
私は猫は飼ったことがないので、経験もない。
家にはすでにパインちゃん(ポメ)がいたし、母が猫だけは絶対に嫌と言ってたので(毛が抜けるのが嫌だったらしい)、家では飼えないと猛反対。
勝手に拾ってきたから、ハニーを育てることに親は一切手を貸さない。
とりあえず歩き出すまでは玄関と軒下に寝床作って、幼馴染の手を借りながら育てました。
(当時専門学校生。夜までバイトがあったので、帰宅が遅い日は帰宅が早い幼馴染に頼んでた。)
育て方は全部猫漫画の知識を用いて(笑)、トイレのさせ方もミルクの飲ませ方も、試行錯誤でね。
牛乳飲ませちゃダメって知らなくて、牛乳で育ててたんだよね。
だからか、ハニーは晩年まで牛乳しか飲まない子になったよね(^_^;)←水は雨水しか飲まないという変な子でした。
(うちの母なんかは、牛乳飲ませてたから骨が丈夫で長生きしたと信じてる)
この頃は同時に、新たな飼い主探しもしないといけなくて。
ポスター作って動物病院とか、近所の掲示板に貼ったりして。
(この頃パソコンなど当然持っていなかった)
でもね~、私の魂は知ってたのよ。
この子は家の子になるって。
だけど、意識の方では真剣に里親探しをしてたのね。
家にあげることを許されず、飼い主は見つからず、数ヶ月。
今思えば、春から夏の気候のいい時期でよかったよ。
よちよち歩きを始めたハニーさんが野良猫に間違われないように、首にリボンを巻いてあげてたね。
そりゃもう、かわいくてね~。
(親バカです)
それが災いしてか、ハニーさん誘拐事件が起きたのね。
子猫の行動範囲は限られてるというのに、ハニーさん一晩帰ってこず。
翌日の朝から、私は学校休んで半日探しまくったのよね。
近所をくまなく探しても見つからない。
絶対におかしい。
ハニーは大きな道路はまだ渡れない。
この時私は直感ってやつを発動したと思うの。
ハニーは小学校(家から10分以上かかる私の母校)にいる!って思ったの。
ここまで探して見つからないなら、誰かが連れてった。→小学校の頃、子猫がよく小学校に連れてこられてた→近所の子供の仕業だ!→小学校へ探しに行こう。
今なら完全な不審者だけど、私は小学校に入っていってウロウロ探しまくってました。
(この頃はまだ自由に出入りできた)
30分探して見当たらない。
諦めて帰ろうとした時、プールが目に入ったのね。
そうだ、学校に連れてこられた子猫たちは、人に怯えてプールの下の空間に逃げ込んでた!(閃き!)
さすがにプールの下には入れず、外からのぞいてたら、体育の授業中の小学生が「なにしてるの?」って寄ってきたんだ。
「子猫探してるんだけど、知らない?」って聞いたら
「知ってるよ!プールの下にいるよ!」って。
私は姿は見てないけど、絶対にハニーだと思った。
プールの下は大人では潜れないので、その子に「お願い、連れて来てくれない?」って頼んだんだ。
その男の子は「いいよ!」って、授業中なのに(クラスの半分くらいの子が集まってたけど、先生はどうしてたんだろう?)、プール下に四つん這いで潜って、子猫を連れて来てくれたの。
その子猫がやっぱりハニーだったんだよ。これはもう奇跡だね。
男の子に大感謝!!
1日半位、飲まず食わずだったんだろうね。
ハニーはかなり衰弱していて、あと少し遅かったらまずかったんだ。
病院に行った後に、家に初めて入れてもらえたんだよね。
母も衰弱しきったハニーを見て、かわいそうに思えたみたい。
そこからね、堂々と家の子認定されました。
ただ、子猫の時分に半年も外で暮らしていた名残りか、夏になると外で寝る風習が

一旦外に出ると、夜家に戻ってこないこともしばしば。
その分朝は早く戻ってくるけど誰も起きてないから、家に入れず「にゃーにゃー

」抗議してたっけね。
家の中でも、どこからか屋根裏に入って出てこないとか。
クールな子でね、膝に乗ったり、体をくっつけて寝たりとか一切しない子でした。
晩年やっと、近くで寝るようになってきたけれど。
ひざに抱っこだけは、本当に嫌がって無理だったな。もって30秒。
こんな腕枕で寝るなんて、最初を思えば夢のよう(笑)
体調悪くなる直前まで、猫用扉から外に自由に出入りしてたのね。
動物病院の先生にも驚かれてたし、猫を部屋で飼っている人から見たら、かなり非常識な育て方なんだろうな。
でも、ハニーはお外が大好きだったんだよ。
子供は誘拐事件以降苦手みたいで近寄らなかったけど、大人には愛想がよくて。
近所の人に「ハニーちゃん

」と呼ばれると、すこし高めな可愛い声で「にゃ~ん

」と応えて、足元にスリスリするんだよね。
撫でられても平気だから、近所の人に可愛がられてたもんね。
ちょっとしたアイドルよ。
家の人にはそんな可愛いことしないくせに!

ラックちゃんという近所の白いワンチャン(中型犬)とよく遊んでたなぁ。
猫友はいなかったのに、犬の親友はいたよね

1回見かけた時に、取っ組み合いのケンカしてるのかと焦ったら、ラックちゃんとゴロンゴロンじゃれあってたりして。
(パインとハニーは7年位は一緒に暮らしてました)
まぁ、王様(パイン)と女王様(ハニー)気質では合わないわな

外で野良猫とケンカして、たまにケガしたりしてたけど(女番長!)、
猫エイズや白血病とか、病気になることなく、元気だったなぁ。
お年を召すまでは、病院に行ったの1回だけね。
風邪ひいて鼻呼吸ができなさそうだった時だけ。
2階のベランダから物置の屋根に降りようとして、間違えて落下した時も、無事だったよなぁ。
怪我がないことを確認したら、
葉っぱまみれで呆然としてたハニーを、みんなで大笑いするような家族でごめんよ

1度開けた猫缶の残りは2度と食べないし、
餌は1日6回位要求するくせに、気に入らなければ食べないし、
何度噛まれて、何度「シャーーッ」と威嚇されて(ワタシ、カイヌシアルヨ)、何度ひっかかれて流血したかわからない。
でも、私が大泣きしてた時はベットに一緒に一晩いてくれたり、
パインが旅立つ前は、身体をペロペロ舐めてあげたり、
時折優しい。いや、本当はだいぶ優しい。
猫を飼うのをあんなに嫌がってた母をデレデレにさせたのはすごいよ。
ハニーさん自身はツンデレのデレがない子だったけど(笑)
甘えたいのに素直じゃないし、外面だけやたらといいし、食の好みがうるさいし、誰に似たんだか

最後の1年は アミノバランス(猫用の体に良い発酵菌みたいなの)を飲み始めたお蔭で、だいぶ良かったと思います。
あれがなかったら、もう少し旅立ちが早かったんじゃないかと思うくらい。
ハニーも「これを飲むと体が楽」と思ったのか、準備すると自ら寄ってきたりしてね。
アミノバランスをスポイトで毎朝飲ませるのが、私のちょっとした楽しみでした

飲むのに夢中になりすぎて、少し寄り目になるのも愛らしくて。
そういえば、なぞのジェルジェル(体に溜まる水疱みたいなの)はなんだったのかな。
あれはあれで、ハニーさんの身体を守ってくれてたのかも?
ハニーさんが亡くなってから火葬までの間、家には他の人から引き継いだ天使さん達が滞在中だったのね。ホスティングエンジェルといったっけ。
これはもう、この為に来てくれたとしか思えなかったよ。
火葬してくれた担当者さんが言ってたけれど、高齢の割に骨がしっかり残ってたんだって。
母がまた「やっぱり牛乳と飲んでたからよ」と言ってたね。
前ほどじゃないけど、たまに家でハニーさんを見かけます。(直後は母も私も自分を責めて後悔してたから、心配でとどまってたようにも思います)
たぶん、もう、お空に行ってるとは思うけど、たまに遊びに来てるのかな~。
もうね、私は大丈夫だからね!
心配ご無用よ。
また、いつかどこかで一緒に暮らそうね。
私の愛情を一身に受けてくれてありがとう。
ずっとずっと愛してるよ~
