こんばんはおねがい

最近自分の内側が目まぐるしく変化中で、ブログまで手が回らずぶー



10月のお出かけも書きかけ、ピンクリボン京都のレポ手付かず、そして秋の紅葉終わっとる
(写真大量にあるよーーー)


めいさんの5月のセッション、9月のワークショップ、8月の帰省とか、全部抜けとるよね?





あはは~(´-∀-`)






最近はハピちゃんの瞑想のことしか書いとらんゲラゲラ

それが今1番楽しいからなんです。
うふふ。



瞑想参加されてる方はご存知かと思いますが、先日のこと。

ハピちゃんの誘導の内容がまた変化してて、自分のハートの内側から入っていくやり方になったんですね。


その日はハピちゃんが誘導で深い領域に行って、涙が止まらなくなって後半の部分は取り止めになりました。


それで、翌日の瞑想後の小話で説明があって、
ハピちゃんは『Tha One』の意識に到達していたと。

初めて聞いた言葉『Tha One』


わからないまま聞いていて、後で調べたら不思議な事に気付きました。

ハピちゃんが『Tha  One』を体験していた時、私はどうやら『All That Is』を体験していたということに。


私の言葉で説明出来ないから、以下抜粋。





オール・ザット・イズはザ・ワンの一部であって、このオール・ザット・イズは、自分がすべてであるということを「認識している」部分です。

それに対し、ザ・ワンは、「ただ存在している」と言えます。


ザ・ワンは完全に均一であり、そこに他のものは存在しない。
ザ・ワンは自己意識がなく、自分が存在しているという概念さえない。
ザ・ワンは「ただ存在している」。

オール・ザット・イズは、ザ・ワンの一部(一側面)であり、自分がすべてであるということを認識している。オール・ザット・イズには自己意識がある。

オール・ザット・イズは、ザ・ワンのなかに「オール・ザット・イズの”反映”(reflection)」を創ったので自己意識がある。

これはどういうことかと言うと

オール・ザット・イズの反映ができたことで、”他のもの”が存在できるようになった。
他のものが存在するということは、比較対象が可能になったということ。
結果的に「わたし」という認識も可能になる。

「わたし」と「わたし以外のもの」が存在することになった。
「わたし」という認知と「他者」という知覚が生まれた。

「わたし」という認識は、自己認識であり、自己認識は意識と言える。
ここに意識は誕生する。

意識=自己認識

意識とは自分を認識すること。

オール・ザット・イズはすべてが意識でできており、オール・ザット・イズが生み出すものもすべて意識でできている。

ゆえに

すべては自己認識を持っている。
すべては意識を持っている。

以下私の考えです。

わたしとわたし以外のもの、という幻想を創ることによって
わたしという自己認識が生まれ、同時に意識というものが生まれた。

本来すべてはひとつである。(The One の状態)
だがひとつがひとつのままでは、何も起こり得ない。
当然自己認識=意識も永遠に生まれない。
永遠の静止があるだけだ。
永遠の静止とは本質的には無ということだ。
すべてがあるのにすべてがない状態。
すべてがひとつであるなら結果的には無と同じだというパラドックス。

しかし無は存在しない。何もない状態というのは何もないのだから存在さえもできない。
無は存在できないので、そこにあるのは空(から)だろう。
本来あるべきものが取り去られた状態が空(から)の状態。
空の中身はきっと”どこか”に存在している。

生まれるという言葉はそこに時間経過を前提としている。
しかし本来は時間は存在しないのだから、常に自己認識=意識はあることになる。

ザ・ワン、ただ存在するものは、ただ存在する一方で、自己認識もしていた。
ただひとつのものが、矛盾なく同時に、自己認識をしつつも自己認識を持ち合わせていなかった。





なんか、難しい

言葉で説明されると難しい。



私がその日の瞑想中に体験してたのは、全ての中に私がある という感覚。


そこに生えてる木や、空気、虫、階段、動物、ありとあらゆる物質の中には私がある

素粒子?分子レベルの話だと思うのですが、そういう映像というか体験をしていました。




おもしろいですね~(*⌒▽⌒*)




これはひとりで瞑想してたら得られない感覚だと思うので、毎朝ご一緒してるソーサーのみなさまとハピちゃんとに感謝なのです


前は出来なかった自己対話ノートも、やってみたらおもしろいです。

ちょっとしたチャネリング?

口述筆記の内部版??爆笑



いやー、今まで「私は苦手!無理無理」と思ってたことなのにね。


やってみたらおもしろいっていう。


受け取れるタイミングもあるんでしょうね。


仕事場で いらないさらのノート貰ったのも、いいきっかけになりました。





今まで、スピリチュアル系の上部って、なんか敷居が高かったというか。


目覚めた特別な人達のもの

って感じがしてました。



美しい言葉を使わなくちゃダメ

とか

前向きに軽やかに~というのが、「うざっ」ってなってた時期もありまして( ̄▽ ̄;)

(もちろーん、自分の中の問題で、相手のせいではありませぬ)


キラキラしてる人や物事って、落ちてる時は素直に受け取るの無理だったし、

「いやいや、それあなただからそう出来るんでしょ?」的なひねたものの見方になってた。


私はあなたほど純粋じゃないし、高尚になれません!みたいなチーン



まさにシャール!!笑い泣き笑い泣き笑い泣き

(シャールって、世の中を斜に見てる人。マウンティング意識があって、素直に好きと表現出来ない的な?捻くれ者?

ハピちゃんのお仲間のまりちゃんが作った言葉なのかな?)



ハピちゃん達の世界に触れるようになって、闇が深くても、ダメな自分でも、なんでもOKを出せるようになってきました。(それでも、まだまだやけど、それもOK)


思えば『僕アニ』もそうだったから、居心地よくて僕アニ温泉だったわけですもんね。

いちさまが全てを受け入れてくださってたからね。



いやー、もう、今やハピちゃんの虜ラブ

あそこまで徹底して、自分での体験や、内側の葛藤も見せてくれてて、本当にニュートラルなんだなぁと。


だから みんな 大好きんなんだろうな


向き合った時、色眼鏡で見られずに、そのまんまを受け入れて貰えるって、とてつもない安心感だよね。



話がそれましたが



瞑想続けて2ヶ月目。

楽しく続けて行きたいと思います~

( 'ω' و(و"♪