テーマが”自分語り”になっておりますが、今回は私のお話ではありません。


私のおばあちゃんとその家族のお話であります。

(ご先祖さまっていっても、大正時代くらいのお話です。)



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おばあちゃん(母方の祖母)がおじいちゃんと結婚する前のこと。

たぶん10代?とかの娘時代の話です。



おばあちゃんには結婚した姉がおりました。

お姉さんはだんな様と一緒に、吉原の近くで和裁の仕事を営んでいたそうです。

( ここで洋裁屋さんなら、朝ドラの糸子ちゃんと同じだったのだけれど惜しい )



吉原といえば、遊郭ですね。

遊郭がその頃あったのか 私は知らないのですが・・・たぶん芸子さんとかそういう人が着る着物を作っていたらしいのです。


やっぱり そういう世界の人は羽振りがいいみたいで、その当時、お姉さんの家は相当儲かっており、吉原の近くにひろーーい豪邸をもっていたそうです。

その家におばあちゃんや、他の多くの縫い子さんを置いて仕事をしていたと聞きました。(住み込みだったのかな?)






なので、おばあちゃんは和裁がとても上手だったんですね。



娘である母たち6姉妹 の 上3人まではその腕前を受け継いでおり、とくに3女の叔母は本当に和裁が上手です。


私も昔、着物を縫ってもらったりしたことがあります。

( 中学生の頃、日常で着れるような着物が欲しいと突如のたまい、作っていただいたのでした。 )


上の3姉妹に甘えた下の妹達は、和裁の宿題などを上に押し付けていたために(笑)、縫い物が苦手なままでございますてへぷぷ

よって末っ子であるうちの母は裁縫が不得手です。ぷぷ。





話を元に戻します(;^ω^)


おばあちゃんの姉のだんな様が、これまた糸子ちゃんのだんな様と境遇が似ているんですよ。(朝ドラ見てない方、ごめんなさいね。)


実家の跡取りである長男として生まれた”だんな様”は、体が弱かったために、手に職をつけさせようという実家の方針で、和裁の技術を身に付けたそうです。そして婿養子として、おばあちゃんの姉と結婚したそうです。





まぁ、そのおかげで財を成したわけですが、このあと思いもよらない天災ですべてを失うのです。


大正といえばピンひらめき電球ときた方も多いと思いますが、関東大震災です。


おばあちゃんの姉には子供がふたりいたそうで、地震の時は、ひとりはまだ生まれたての乳飲み子だったそうなのです。

東京ですから、地震のあとは火事で大変な状態だったと思われます。


お姉さんは私のおばあちゃん(妹)に、「長女を連れて逃げて!!下の子は私が連れていくから。」と頼み、お水を入れたヤカンと鰹節1本を持たせたそうです。


咄嗟の人間の行動ってすごいですよね。

未だに母と「なぜ鰹節だったのか?固くてたべれないだろうに・・。」と話すのですが、日持ちしそうな点でベストな選択だったのではないかと思います。


おばあちゃんは幼子を連れ、水入りヤカンと鰹節を手に、上野のお山に逃げたそうです。




吉原の場所を調べてみたら、現在の 東京都台東区千束4丁目 となっておりましたので、グーグルマップで見てみると、たしかに逃げるなら上野のお山(公園)がよさそう~って思いましたが、当時はそんな便利なものはないし、大変だったろうなぁ。



幸い、おばあちゃんもお姉さんの一家もみんな無事で、こうして私まで命が続いているのですから、本当に有難いことでございます。








そして、私が最も驚いたのは ひいおじいちゃん(おばあちゃんの父)の行動です。


大震災で東京が大変なことになっている!と娘たちの安否を心配したひいじいちゃんは、大八車(リヤカーみたいなの?)に米や野菜などの食料をたくさん積んで、その日の夜のうちに地元を出発して向かったそうなのです。


今の時代に電車を使っても軽く1時間半以上はかかる距離です。


それをひとりで、そんな重いものを引っ張って、震災で足場が悪い中を向かったっていうことに驚くと同時に「ひいじいちゃん、すごすぎる!!」って感動しました。

家族を思う気持ちって、そういうものなんでしょうね。


会ったことも見たこともない ひいじいちゃん。

写真が残ってたら見てみたいなぁ。

その話から想像すると、ものすごいマッチョな人だったのか?などど思ってしまいましたが・・・(;^ω^)

きっと普通の人だったんだろうなぁ。

( イメージ、別マの『俺物語』のたけおにっしっし )




大震災の火災により、吉原近くの豪邸も 仕事も失ったお姉さん夫婦は、その後地元に帰って違う仕事についたそうです。


おばあちゃんは、その後おじいちゃんに嫁ぐわけですね。

美男・美女カップルだったそうです。

( 母はファザコンで、おじいちゃんが自慢です。たしかに、写真みてもハイカラでかっこいいおじいちゃんです。)



身近なところでも、こうやって生きてきた歴史っていうか、みんな色々なことがあったんだなぁと思います。

その後戦争とかもあったのだし、不安なことやどうしようもないことに翻弄されながらも、みんなしっかり人生を歩いていたのですね。



その方たちから見たら、私ってどう見えるのかなぁ?

自分でやりたいことをなんでもやれる時代に生まれて、なにをうじうじしとんじゃい!って感じでしょうかね(´ε`;)あせる


普通だけど、毎日をありがたく過ごしてますよーー、ご先祖さまーー。




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最後までお読みいただいてありがとうございましたヾ(@^▽^@)ノ