8月なのに梅雨みたいな天候ですが、おかげさまで涼しく参拝出来ております
εεε~┌(*^^)┘アリガタヤ
今日は・・・
ちょうどそんな季節だし、こんなお話しはどうかな~と思った昔話をひとつ聞いて下さい
そのお話は
私を今の会社に採用して下さった元上司で、現在ヒプノセラピストとして活躍されている、大好きなYさまから聞いたものです。
Yさまはその昔、宮家の侍女をされていたことがあります。(びっくりな経歴
)
その宮家に看護師として勤めていた同僚のKさん(同僚といっても年齢は40歳ほどKさんが上ですが)から聞いたという不思議なお話しです。
しかもこのKさんは、私の大叔母(母方のおじいちゃんの妹)と、看護師仲間として知り合いだったというおまけ付きです。
世間は狭いもんですね。
やっと本題

前置き長くてすみません。
Kさんは戦時中、うちの大叔母と同じく従軍看護婦として戦地に赴いていました。
毎日増える瀕死の兵隊さん達を、一生懸命看護されていたそうです。
その中、ひとりの重症の兵士の方が
「どうしても梅干しが食べたい」
と言いました。
でも‥そこは戦地であり異国の地、梅干しが手に入る場所ではありません。
が
Kさんは梅干しの壺を持っていたのです。
なぜなら‥Kさんの実家は裕福だったそうで、戦地にまで貴重な食料を送ってくれていたんですね。
しかし貴重な食料は、周りの人全員に分けれるほどはなく、Kさんは誰にも言わずこっそり隠し持っていたそうです。
内緒にしていたKさんは、その兵士に梅干しをあげるかどうか悩みますが、明日をも知れない命、願いを叶えてあげようと夜中にこっそり梅干しを上げました。
その兵士さんは、梅干しを食べれたことをとても喜んで、Kさんに
「ありがとう」
と言って、翌日亡くなられたそうです。
それから1ヶ月がたった頃、Kさんは兵隊さん達に届いた手紙の中に、その亡くなられた兵士の妹さんからの手紙を見つけました。
悪いと思いつつも、亡くなった兵士さんの代わりに手紙を開いたそうです。
兄の死をまだ知らない妹さんからの手紙の内容は、兄の体を心配する言葉と、病気でふせっている母親が不思議な事を言っていたというものでした。
お母さんが、
「玄関に○○(兵士さん)が帰ってきてるから、早く家へ入れてやってくれ」
と何度も言うんだそうです。
妹さんは見に行きますが、当然遠く離れた戦地にいるはずのお兄さんがそこにいるはずありません。
でも、お母さんは確かに見たと言うのだそうです。
Kさんはその手紙を読んで、その兵士さんの魂が帰郷したんだなと思いました。
なぜなら兵士さんは亡くなる直前に
「おかげで帰ることができました。ありがとう」
とKさんに伝えていたからです。
その時は意味が解らなかったKさんも、その手紙を読んで腑に落ちたんですね。
どうしても食べたかった梅干しを食べることが出来て、最後の力を振り絞って、愛する家族に魂が会いにいったのでしょうか。
この時代は、こうして愛する人や家族を置いて亡くなった方が大勢いたのでしょうね‥。
そう思うと心が重く、辛い気持ちになります。
今月は、広島・長崎での忘れてはいけない日も、終戦記念日もあるので、この話を書いてみました。
自分に今出来る事と言えば、心に争いの種をつくらないことと、平和の祈りと感謝を届けること位です。
Kさんの話は以上です。
Kさんは、こうした不思議な体験談を沢山もっていらっしゃるそうで、Yさまは色々なお話を聞いたそうです。
拙い文章で長々と失礼しました☆
最後まで読んでいただいて、ありがとうございますm(__)m

εεε~┌(*^^)┘アリガタヤ
今日は・・・
ちょうどそんな季節だし、こんなお話しはどうかな~と思った昔話をひとつ聞いて下さい

そのお話は
私を今の会社に採用して下さった元上司で、現在ヒプノセラピストとして活躍されている、大好きなYさまから聞いたものです。
Yさまはその昔、宮家の侍女をされていたことがあります。(びっくりな経歴
)その宮家に看護師として勤めていた同僚のKさん(同僚といっても年齢は40歳ほどKさんが上ですが)から聞いたという不思議なお話しです。
しかもこのKさんは、私の大叔母(母方のおじいちゃんの妹)と、看護師仲間として知り合いだったというおまけ付きです。
世間は狭いもんですね。
やっと本題


前置き長くてすみません。
Kさんは戦時中、うちの大叔母と同じく従軍看護婦として戦地に赴いていました。
毎日増える瀕死の兵隊さん達を、一生懸命看護されていたそうです。
その中、ひとりの重症の兵士の方が
「どうしても梅干しが食べたい」
と言いました。
でも‥そこは戦地であり異国の地、梅干しが手に入る場所ではありません。
が

Kさんは梅干しの壺を持っていたのです。
なぜなら‥Kさんの実家は裕福だったそうで、戦地にまで貴重な食料を送ってくれていたんですね。
しかし貴重な食料は、周りの人全員に分けれるほどはなく、Kさんは誰にも言わずこっそり隠し持っていたそうです。
内緒にしていたKさんは、その兵士に梅干しをあげるかどうか悩みますが、明日をも知れない命、願いを叶えてあげようと夜中にこっそり梅干しを上げました。
その兵士さんは、梅干しを食べれたことをとても喜んで、Kさんに
「ありがとう」
と言って、翌日亡くなられたそうです。
それから1ヶ月がたった頃、Kさんは兵隊さん達に届いた手紙の中に、その亡くなられた兵士の妹さんからの手紙を見つけました。
悪いと思いつつも、亡くなった兵士さんの代わりに手紙を開いたそうです。
兄の死をまだ知らない妹さんからの手紙の内容は、兄の体を心配する言葉と、病気でふせっている母親が不思議な事を言っていたというものでした。
お母さんが、
「玄関に○○(兵士さん)が帰ってきてるから、早く家へ入れてやってくれ」
と何度も言うんだそうです。
妹さんは見に行きますが、当然遠く離れた戦地にいるはずのお兄さんがそこにいるはずありません。
でも、お母さんは確かに見たと言うのだそうです。
Kさんはその手紙を読んで、その兵士さんの魂が帰郷したんだなと思いました。
なぜなら兵士さんは亡くなる直前に
「おかげで帰ることができました。ありがとう」
とKさんに伝えていたからです。
その時は意味が解らなかったKさんも、その手紙を読んで腑に落ちたんですね。
どうしても食べたかった梅干しを食べることが出来て、最後の力を振り絞って、愛する家族に魂が会いにいったのでしょうか。
この時代は、こうして愛する人や家族を置いて亡くなった方が大勢いたのでしょうね‥。
そう思うと心が重く、辛い気持ちになります。
今月は、広島・長崎での忘れてはいけない日も、終戦記念日もあるので、この話を書いてみました。
自分に今出来る事と言えば、心に争いの種をつくらないことと、平和の祈りと感謝を届けること位です。
Kさんの話は以上です。
Kさんは、こうした不思議な体験談を沢山もっていらっしゃるそうで、Yさまは色々なお話を聞いたそうです。
拙い文章で長々と失礼しました☆
最後まで読んでいただいて、ありがとうございますm(__)m