知り合いに男心がわからない女心がわからないと言われたので個人的に考察
まず結論はっきり言うと理解するのは無理でしょう だってそもそも別の生き物と考える方かしっくりくるから


例えば相手が浮気した場合
浮気した彼女を責めるのが男
浮気した浮気相手を責めるのが女性
男は自分のプライドを傷つけた彼女を責めるんだと思う
女性は自分の物を盗られたからムカついて浮気相手を責めるんだとおもう

本当に相手を信頼していて裏切られたと感じる場合は男女に関係なく愛想を尽かし出ていくとは思う
結果が同じようで過程とゆうか理由とゆうかが若干違うのかなと


もっと言うと成長の違いじゃないかなと思う
例えば女性は子供の頃から大人として見られたいと願う カワイイより綺麗と思われたいみたいな
一方男はいつまでたっても少年でむしろ若いと思われたがる かっこいいより渋いと思われたい人は少ないと思うので
お互いの年齢が合致してる間は成り立つんだけど
実年齢と心の年齢がズレてくると噛み合わなくなるのかね
比較的女性は大人の付き合いをしたいけど男は高校生の様な付き合いをしたがったり
年齢に合わせた趣味を持つ女性からすると少年の様に変わらない趣味を持つ男はわからないだろう
もちろん逆も然り

だから相手を大人や性別とゆうカテゴリーで考えずに あくまで◯◯とゆう独立した生き物だと受け入れてあげるのがいいのかもしれない
そうすれば いい歳してとか男のクセに女のクセにと思わなくて済むかもね

もちろんコレは個人的な意見で且つわかりやすくする為極論でもありますので ふーんぐらいで見る方がいいかもですねw
文字が主体である小説のドラマやアニメ化なるほどわかる
ゲームを一つの話に纏めてアニメ化まぁまだわかる

アニメの実写化…ふむふむアニメの映像を現実で再現してリアリティーを出すのか それならわかる

でも実際どうですか?
アクロバティックなシーンをワイヤーアクションで表現これはわかりますよね?
でも実際は実写だとどうするんだろうと思うシーンは全部CG…え?それするなら全編CGで立体化したので良くない?と思ってしまう

小説を直接なら活字に音と動きを与えるからまさに生み出すとゆう感じ
もちろんアニメも声と動きを与えるとゆう点では同じだと思う

でもさアニメとして既に声も動きも生まれてるのにわざわざ産み直す必要あるの?
せめてまんま現実化ならわかるが蓋を開けたらストーリーは変わってるわ登場人物の性格や性別が変わってるわ
それならタイトル変えるべきでしょ?だってもはや別の何かでしかないんだから
せめてアナザーストーリー オブ ◯◯みたいにあくまで別解釈ですよ?と言わないのなら詐欺以外のなんでもない
パッケージが明らかに醤油ラーメンなのに食べると豚骨なら誰だって騙されたって感じるでしょ
やってることは全く同じ
結局タイトルに価値があるからいいように利用してるだけ
中身はどうでもいいと思ってるとしか思えない
こんなパチもんばっかり作るからいつまでも海外の映画に勝てないんだと思う

つまりもし実写化したいなら中身も変えず作者やファンからキャスティングのアンケート取った上でやるのが最低限の礼儀だと思うので
せめてそれも出来ないならやるべきじゃないね実写化なんて
毎年の様に誰かv系に携わった人はこの世から居なくなる 病みが故の終焉である
聞かない人達は病んでる人がやってるからとかきっとと思うのだろう
確かにv系を愛する人は内面的に人より弱いのかもしれない 自信が無かったり臆病だったり
でも弱さを認め受け入れているからこそ現実的な痛みや悲しみや辛さを軸とした独自の詩の世界観を築いてきたジャンルだと思う
他ジャンルは割と前向きに行こうと歌う でもそれを受け入れられるのは現状良い環境にあるからだと思う
辛い状況にある人はむしろ同じ環境の人に今の自分を認識して欲しいと願うのでは?と
だからこそ軽々しく明るいのではなく現実的な痛みを聴く事で自己投影し受け入れられてるのではと
同じ想いの人が居てくれる 自分だけじゃなかったんだとね
でもダークな世界を纏うからこそ支えきれず飲み込まれ世を去ってしまうのかもしれない
良くも悪くも常に目の前にシを認識しているからこそ言葉に表わせる世界観なのだと
きっと才能を使うほどに寿命が削れて行く様なものなのだろう…だからこそ彼らは半分納得したシなのかも知れない
でもね跡を追う事は彼らを何より悲しませる
人が去る事の辛さを身を持って教えてくれたのだから、その辛さを他の人に与えてはいけない
愛した彼ら達の想いと共に 彼らが納得出来なかった半分を代わりに生きていくことが何よりのファンなんだと思う