Pure Blossom -7- | Minstrelsy

Pure Blossom -7-

 昼休み、デザートのプリンを頬張りながら今朝の事を話す。
「何? じゃあ、いよいよ……」
「告白じゃないよ。ただ……進路の事を話すだけ」
 ほろ苦いカラメルを舐める。友人達の反応も、カラメルと同じだった。
「チャンスなのに」
「そうそう。オーケーしてくれたんでしょ? だったらさぁ」
「そんなんじゃないよ。幼馴染みなんだから」
 私は昨日の事も話す。彼の言葉を思い出す度に、ちくりと胸が痛んだ。
 結局、何もかも幼馴染みだからこそだ。お揃いを嫌がられたのも、遊びの約束をしてくれたのも。
 憧れる、と言われた事が有る。幼馴染みという存在が羨ましい、と。全然良くない、と私は思う。全部解っている様に見えて、全然解っていないのだ。お互いを知っているなんてただの作り話だ。
(解ってないよ、全然)
 それはきっと、私も同じ。私も、彼の事が解らない。
「多分さ、照れ隠しだよ。照れ隠し」
「こう、好きな子にはいじわるしたくなる的な……ねぇ」
 だと良いけどさ、と気のない返事をする。
「それで、明後日はどこに行くの?」
 落ち込みかけた雰囲気を吹き飛ばす様に、友人が努めて明るく聞いてくる。
「なーいーしょ。だって、こっそり様子を見るつもりでしょ?」
「そんな事しないしない!」
「嘘ばっか。思い切り笑ってるじゃない」
「いや、だって、ほら……気になるし」
「やっぱり来るつもりだったんだ」
 そこでやっと私も笑う事が出来た。
 友人達と同じ様に、彼の前でも笑えたら良いのに。


 帰りは別々だ、と思っていた私は予想外の出来事に鞄を落としそうになる。慌てて持ち直し、冷静を装って聞く。
「先に帰ったんじゃなかったの?」
「別に……たまたま。少し前に着いたら、お前来るの見えたから」
 何でもない事の様に彼は言う。
「待っててくれた、とか?」
「たまたまだって言ってるだろ。見えてるのに置いてったら逆に感じ悪いだろうが」
 淡い期待は、案の定裏切られた。やっぱり、照れ隠しなんかじゃない。友人の言葉に、私は心の中でそう返す。
「まぁ、どっちでも良いけどさ」
 がしゃん、と鍵の外れる音がやけに大きく聞こえる。
 私が自転車に乗ったのを確認して、彼が先に走り出す。
「そう言えばさ」
 コンビニを横目に通り過ぎた時、不意に彼が口を開く。
「今日あいつらと話して改めて解ったんだけどさ」
 あいつら。彼の友人達だ。何度か顔を合わせた事は有る。
「まともに進路決まってないの、俺だけかもしれない」
 さぁっと血の気が引く。耳の後ろが痺れる様に痛い。
 彼は気付かないのか、そのまま話を続けている。
「何かさ……推薦とかで決まってる奴も居るし、親の反対押し切って決めた奴も居るんだぜ? それに比べて俺はさ……ホント、何やってんだろうなって思う」
 自嘲気味に彼は笑う。
「推薦……」
 オウムの様に呟いたきり、言葉が出てこない。私もそうだ、と言えるはずも無い。
「あいつら見てたらさ……何か、寂しくなってきた。俺だけこんな感じで決まってないからかもしれないけどさ。何て言うかさ、もうすぐ卒業だろ? 卒業したらあいつらとはバラバラだしさ……それでかな。俺だけ一人になっちゃう感じがしたんだ」
 彼の瞳に影が差す。
(ああ……そっか……)
 彼は酷く不安なのだ。自分を取り巻く環境、それが変わっていく事を恐れているのだ。そう、友人達と別れてしまえば、それきりなんじゃないかと思う程に。
 ペダルが軋む。
 どう返したら良いものか。
 私も同じだという同意を彼は求めていない。彼が不安を打ち明ける時は、私の明るい答えを期待している時なのだ。解らないと思っていた彼の事が、この時だけは手に取るように解る。昔と同じ。こういうところは、変わっていない。
 私は自分の気持ちを押し潰す。
「それは考え方の違いだよ」
「考え方の違い?」
「そう」
 団地の上り坂に差し掛かる。漕ぐには辛い。私はスピードを落とし、自転車を降りる。彼も少し後ろで自転車を降りた。
「考え方の違いって、つまり?」
 押し潰した気持ちが、心で悲鳴を上げている。
「別れる別れるって思うから寂しいのよ」
 自分だって同じ癖に。進路の事を隠している癖に、よくそんな事を言えるものだ。
 夕陽に混じってもう一人の私が責め立てる。
 そういう事か、と納得した様なしていない様な、曖昧な返事が聞こえる。
「別に二度と会えなくなる訳じゃなし、会おうと思えば会えるんだし」
 自分の事を棚に上げて、よく平気で言えるものだ。そう思うならどうして彼に言わないんだ。
 責め立てる声に、これでお別れじゃないんだから、と心の奥で叫び返す。
 嘘つき。お別れだと思ってるから言えないんでしょ、ともう一人の私が嘲笑する。その声に耐えられず、夕陽に背を向けた。
 後ろを歩いていた彼と、目が合った。
 精一杯笑って見せたが、きっと酷い顔をしていたに違いない。
「まぁ、そうだよな」
 敢えて気付かない振りをしてくれたのか、彼はいつもと変わらない顔をしている。
 彼が通り過ぎるまで、私は動けないでいた。意気地なし、と罵倒する声をどうにか閉じ込め、彼の背中に声をかける。
「それよりも、明後日。約束、忘れないでね」
 いつもの私で言えただろうか。
 彼は少し困った様にうなずく。
 全ては明後日。彼がどんな反応をするのか、怖くて逃げ出したい気持ちで一杯だった。