Pure Blossom -5- | Minstrelsy

Pure Blossom -5-

 馬鹿みたい、と重い足を引きずりながら私は心の中で繰り返していた。
 二人とも黙り込んだままだ。口を利かない私を、彼はきっと持て余しているのだろう。
 彼が言いかけていた通りなのだ。別に、一緒に帰る約束をしていた訳じゃない。私が勝手に思い込んで、甘えていただけなのだ。何だかんだと私を気にかけてくれるその優しさは、私が幼馴染みだから向けられているのだ。
(幼馴染み、か)
 その響きが恨めしい。
 彼にとって私は、それ以上でもそれ以下でも無い。ずっと、このまま。友人よりも近くて遠い存在。思い知らされる度に、気付かなければ良かった、と後悔する。どうして好きになってしまったのだろう。こんなに近くに居るのに、絶対に届かない程に遠く感じる。
 コンビニが見えてくると、彼は歩く速度を落とした。私がここに寄る事を知っているのだ。その気遣いさえ、今は苦しい。
「すぐに戻るから」
 彼の顔を見ない様に、逃げる様にコンビニに入った。明るい店員さんの声が、少しだけ嬉しい。
 私はまっすぐにあのチョコレートを目指す。いつも通り二つ手に取って――もう一つ、追加した。勿論、彼のためだ。疲れているだろうというのと、言えなかったごめんなさいの代わりだ。
 コンビニから出ると、冷たい風が頬を撫でる。こんなに寒いにも関わらず、彼は制服のネクタイを緩めていた。
「寒くないの?」
 思わず、そう聞いていた。
「予定外の肉体労働は受験生には苛酷だったんだ」
 真面目な口調で言う彼。思わず笑い出しそうになる。
「ふぅん……そりゃ、ご苦労さんな事で」
 笑わない様に我慢したせいか、少しよそよそしい口調になってしまった。何か言われる前に、と彼にチョコレートを渡す。勿論、二箱。
「一個多いぞ」
 返そうとする手を押し止める。
「疲れてるんでしょ」
 ほんの少し触れた手が恥ずかしくて、拗ねた様な言い方になってしまった。
「じゃあ、遠慮無く」
 ふっと力が緩められ、チョコレートは彼の手の中に収まった。
 早速中身を確かめる彼。私も自分の分を開けてみる。
「……?」
 パッケージの絵柄とは違うお守り。何だろう、とお守りの一覧を確かめてみる。同じ絵柄が見当たらない。と、気付く。黒く塗り潰され「?」と書かれているもの。
「あ、シークレット!」
 思わず声を上げる。きっと彼も喜ぶ――と振り返った私の目に映ったのは、同じお守りを摘んでいる彼の指先。こんな事が有るものなのか。
「二人揃ってシークレットが出るって、レアじゃん」
「そうだな」
 テンションの高い私にどう対応したものか、と困った様な彼。
「被ったから、これは私のでいい?」
 本当は「シークレット二つで効果倍増!」と言ってあげたいところなのだが、これはどうしても自分の物にしたかった。
「好きにしろよ。お前が買った奴だし」
 さして興味も無いのか、彼はいちいち聞くなという感じだ。
 私は手の中のお守りを握り締める。もう一つは、彼の手の中。
「お揃い?」
 試しに言ってみた。勿論、良い反応は期待していないけれど。
「それだと引き当てた全員とお揃いになるな」
 やっぱり、と気付かれない様にため息を付く。
「夢もロマンも無いこと言うね」
 解ってはいたけれど、と心の中で付け加える。
 彼は一瞬眉をひそめる。
「お前と夢やらロマンとか、柄じゃない上に勘弁して欲しいところだ」
 どくん、と心臓が跳ねる。氷みたいに冷たい鼓動が、全身を駆け巡る。
 勘違いするな、彼はそう言いたいのだろう。
 自分達はただの幼馴染み。恋人同士なんかじゃないんだ、と。
 ぴたりと止まった私に、彼は戸惑っている。当然だ。彼は当たり前の事を言っただけなのに、私にこんな反応をされる筋合いなんて無いのだ。
「早く帰ろ。暗くなってきた」
 そう、勘違いしてはいけない。自分に言い聞かせる様にきっぱりとそう言い、私は歩き出した。


 結局、団地に着くまで一言も喋れなかった。
 いつも通りに他愛の無い話が出来れば良かったのだけれど、少しでも盛り上がれば勘違いしそうになる。そう自分に言い聞かせた結果、何も話せなくなってしまったのだ。
 明日からどんな顔をして会えばいいのか。答えが出ないまま分かれ道に着いてしまった。
「じゃ、ありがとね」
 彼の自転車から鞄を引っ張り出すと、振り返らずに家に走った。
 車庫を覗くと、見慣れた自転車が置いてある。
「ただいま。自転車直ったの?」
「おかえりなさい。そうそう、ついさっき持ってきてくれたのよ。良かったわね」
「うん」
 明日からは自転車が使える。彼に頼らなくても、大丈夫だ。
 明日は少し遅く家を出よう。私に合わせて、彼は少し早く待ち合わせ場所に居てくれたのだ。遅ければきっと、先に行くに違いない。
 ため息を付く私の指先で「お揃い」のお守りが揺れていた。