Pure Blossom -4- | Minstrelsy

Pure Blossom -4-

 車庫に自転車は無かった。私の自転車は勿論、本来なら有るべき代車の姿も。
「お母さん、自転車は?」
 ブレザーをハンガーに掛けながら母親に聞いてみる。
「ああ、持ってったんだけどね、丁度部品が切れてたみたいで。急いで取り寄せるけど三日くらいかかるってさ」
「え、三日も? 代車は?」
「出払ってるみたいよ。しばらくはお父さんに送って貰いなさい」
 私はしばらく考えてから、こう答える。
「いいよ。今日みたいな感じで行くから」
 彼の迷惑そうな顔を思い出す。そこに、母親の声が重なった。
「何言ってんの。あの子も大変な時期でしょ」
 言われなくても解っている。百も承知、と呟く。
「……だって、一緒に行くのも後少しなんだから」
 そう、母親に聞こえない様に言った。
 幸いにもと言うべきか、しばらく父親は早番という事でいつもより早く出勤する事になったらしい。その時間だと生徒は勿論、先生も来ているかどうかすら怪しい。父親は気の毒だと思うが、彼と一緒に行ける事が決まった私にとっては良い事以外の何物でも無かった。
(そんな感じで、しばらくよろしく……と)
 可愛らしく絵文字をあしらったメールを彼に送る。すぐに返ってきたメールには、たった一言「遅れるなよ」とだけ書かれていた。断られなくて良かった、と安心する。
(あ……そうだ)
 あのチョコレートの事を思い出す。つまらないものだけど、お礼代わりに彼に渡そう。たかがオマケ、お守りとはいえおもちゃだという事は解っている。それでも願わずにはいられない。
 どうか、彼の支えになってくれますように、と。


「嬉しそうね、ホント」
 登校時間が少し遅くなった私を、友人達はそうからかう。
「結構自転車遅いのね」
「え、うん」
「もう……三日か四日くらいじゃない?」
「そう、かな?」
「もぉー、一緒に行けるからって直ったの黙ってたりしてない?」
「そんな事してないってば!」
 必死で否定する私を見て彼女達は更に笑い出す。つられて私も笑う。
「で、勿論帰りも一緒なのよね?」
「そのつもり」
 電車とバスならば一緒に帰れるのだが、彼女達は敢えて誘おうとしない。私がどうしたいのか、ちゃんと解ってくれているのだ。それが嬉しくて、照れくさい。
 帰る時も当然の様に私を置いて先に帰ってしまう。頑張りなよ、と言い置いて。
(あ、あれ?)
 話し込んで少し遅くなったかも、と思ったのに、そこに彼の姿は無い。薄暗い自転車置き場はがらんとしていた。人影は私以外には見当たらない。
 先に帰ったのかもしれないとの不安は、置かれている自転車が違うと否定した。彼はまだ学校に居る。
 だけど。
(……出ない)
 何度メールをしても何回呼び出しても、一向に返事が無い。友達と一緒になって騒いでいるのだろうか。そうだとしても遅過ぎる。
 どれくらい待っただろう。彼の自転車の荷台に腰掛け、鳴らない携帯を握り締める。強い風にスカートの裾が捲られそうになる。慌てて押さえた指先に、冷えきった足が触れる。もう、感覚が無いくらいに冷たい。
 さらさらと砂埃が流される音。それに混じって聞こえてくるのは、小石を踏む音。
 顔を上げる。だるそうに鞄を引っ掛けた彼だった。
「遅かったじゃないの」
 心配する言葉よりも早く、不満が口をついて出た。
「先帰ったんじゃなかったのか」
 少し苛立った様な彼の声。
「一人で歩いて帰るの嫌だもん。同じ方向に帰る子、居ないし」
 素直に一緒に帰りたかったと、何で言えないんだろう。当然、彼の機嫌は最悪になる。
「まだ明るいうちに帰れたろ?」
 苛立ちを隠そうとしない彼に、声が震える。
「だって、メールしても電話しても出ないし!」
 だからどうした、と言いたげな彼。
「別に一緒に帰るって約束した覚えは……」
 その唇は、私の聞きたくない言葉を紡ぎ出す。
「おぉ、待ち合わせしとったんかね」
 それを遮ったのは先生だった。意外な人物に、噛みしめていた唇が驚きの形に開く。
「そうならそうと言ってくれりゃ良かったのに。悪かったなぁ、付き合わせて」
「あぁ……いえ別に良いんですけど……」
 彼も驚いたのか、気まずそうに答えている。
「じゃあまぁ、気をつけて帰るんだよ」
 私達の様子を気にもしていないのか、先生はのんびりとした足取りで帰っていった。
 あれは、と思い至る。捕まると色々と面倒な事を手伝わされる、と有名な先生だ(人柄のお陰で嫌われはしていないのだが)。付き合わせて悪かった――という事は。
「……手伝い?」
「まぁな」
 だるそうにしていたのは、それが理由だったのか。解っても尚、私は素直に謝れなかった。
「じゃぁそう言ってくれれば良かったじゃん」
 出てくるのは彼を責める言葉ばかり。
「そんな暇無かったんだよ」
 彼はそう言いながら私の腕から鞄を取り上げ、自分のと一緒にカゴへ放り込む。
 ありがとう、の一言が言えない。
「……解ったわよ」
 拗ねた子供と同じだ。
「……帰るか」
 彼がそう言ってくれても、私は黙ってうなずく事しか出来なかった。