Truth is Guilty
知る事は罪。口調は普通だったが、彼の言葉は鉛の様に重たかった。
手元のパイに目を落とす。
林檎。つまり、知恵の実。彼がそれを連想した事は想像に難くない。
「悪い癖ね…。パイくらい、普通に食べたら良いのに」
「疑う事を知らないね、君は」
「疑ってたらキリが無いわ。考えてばかりじゃ、先に進めないわよ。やってから考えれば良いじゃない」
彼女の言葉で思い浮かぶ。よくある「やらないよりやって後悔しろ」という無責任なアドバイス。取り返しの付かないことになったらどうするかなんて、アドバイスする側は真剣に考えてはいない。やらずに後悔した方がよっぽどマシな事があるなんて、きっと考えもしないんだろう。
行動は、プラスではない。行動したからこそ、責め苦を受け続けなければならない。
彼女もそれを知らないのだろう、と思う。
勿論、彼女には何の罪もない。無責任な自称アドバイザーも同じだ。
アドバイスの原動力は、飽くまでも善意なのだ。
罪を問われるべきは、その無責任なアドバイスに従った自分自身。己の心だ。
心など無ければ良かったと思った事が何度あっただろう。
心惹かれなければ、心動かされなければ、間違いなく自分は違う道を歩んでいた。苦い記憶が蘇る。
あの時、抗う事が出来たなら。その手を引き、背を向ける事が必要だと知っていれば。
考えては駄目だと頭を振ると、彼女が怪訝な顔をしてこちらを見た。
「頭痛でも?」
「いいや、少し昔の事を思い出してね」
いつもの笑顔で言ってから、しまった、と思う。
「…そういえば私こうやって手伝ってるけど、お互いの事何も知らないよね」
遅かったか、と溜息をつく。
「知る事は罪、だよ。知らない方が都合が良いとは考えられない?」
「そうかもしれないけれど…知ってた方が勝手が分かるというか」
「一緒にやってく中で解っていくものだと思うけどね」
「それは…」
彼女の詮索を一方的に打ち切って資料を読みあさる。身勝手な行為だとは自覚していた。
彼女は一瞬何か言いたげな視線を投げたが、諦めて資料の整理に取り掛かる。
「書庫に行ってくる。資料、探してくるから」
相手をしてくれない彼に嫌気が差したのか、メモを片手に彼女は研究室を出て行った。
柩のような音を立てて扉が閉まった。
彼は彼女に何も伝えていない。
自分が何故研究しているのか、どうして彼女を助手に選んだのか。
伝えてはならない、と決めている。いや、実際伝えてはならないのだ。
伝えてしまえば、何もかもが破綻する。
彼女は知らない。知ってはならない。
伝える事も出来ず、彼女が知る事も許されない。
コーヒーを一口。心の様に苦い。
彼女はどう思うだろうか。偏屈な学者気取りだと思うだろうか。相変わらず信用出来ないと思っているだろうか。秘密主義者だと馬鹿にしているだろうか。
一番近くに居る彼女にすら、何も言う事が出来ない。誤解をされていても、それを解く事が出来ない。
孤独な作業だと思う。幾度挫折しかけた事か。
他の誰かの気持ちは要らない。ただ、彼女の理解が欲しいだけなのに、叶わない。
それでも彼は続けなければならない。
永遠の地獄に終止符を。
繰り返す悪夢に終止符を。
それが、せめてもの罪滅ぼし。与えられた罰。
罪は消える事は無い。償う事も出来ない。ただ背負い、罰を受ける事しか出来ない。
哀しいとは思わない。
そんなレベルは、とっくに超えている。
哀しみの先に見える、僅かな希望という幻。幾度手を伸ばし、裏切られてきただろうか。
裏切られる事には慣れない。だから、信じる事を辞めた。
だが、と彼は呟く。
彼女の存在だけは、それでも信じていたいのだ、と。
手元のパイに目を落とす。
林檎。つまり、知恵の実。彼がそれを連想した事は想像に難くない。
「悪い癖ね…。パイくらい、普通に食べたら良いのに」
「疑う事を知らないね、君は」
「疑ってたらキリが無いわ。考えてばかりじゃ、先に進めないわよ。やってから考えれば良いじゃない」
彼女の言葉で思い浮かぶ。よくある「やらないよりやって後悔しろ」という無責任なアドバイス。取り返しの付かないことになったらどうするかなんて、アドバイスする側は真剣に考えてはいない。やらずに後悔した方がよっぽどマシな事があるなんて、きっと考えもしないんだろう。
行動は、プラスではない。行動したからこそ、責め苦を受け続けなければならない。
彼女もそれを知らないのだろう、と思う。
勿論、彼女には何の罪もない。無責任な自称アドバイザーも同じだ。
アドバイスの原動力は、飽くまでも善意なのだ。
罪を問われるべきは、その無責任なアドバイスに従った自分自身。己の心だ。
心など無ければ良かったと思った事が何度あっただろう。
心惹かれなければ、心動かされなければ、間違いなく自分は違う道を歩んでいた。苦い記憶が蘇る。
あの時、抗う事が出来たなら。その手を引き、背を向ける事が必要だと知っていれば。
考えては駄目だと頭を振ると、彼女が怪訝な顔をしてこちらを見た。
「頭痛でも?」
「いいや、少し昔の事を思い出してね」
いつもの笑顔で言ってから、しまった、と思う。
「…そういえば私こうやって手伝ってるけど、お互いの事何も知らないよね」
遅かったか、と溜息をつく。
「知る事は罪、だよ。知らない方が都合が良いとは考えられない?」
「そうかもしれないけれど…知ってた方が勝手が分かるというか」
「一緒にやってく中で解っていくものだと思うけどね」
「それは…」
彼女の詮索を一方的に打ち切って資料を読みあさる。身勝手な行為だとは自覚していた。
彼女は一瞬何か言いたげな視線を投げたが、諦めて資料の整理に取り掛かる。
「書庫に行ってくる。資料、探してくるから」
相手をしてくれない彼に嫌気が差したのか、メモを片手に彼女は研究室を出て行った。
柩のような音を立てて扉が閉まった。
彼は彼女に何も伝えていない。
自分が何故研究しているのか、どうして彼女を助手に選んだのか。
伝えてはならない、と決めている。いや、実際伝えてはならないのだ。
伝えてしまえば、何もかもが破綻する。
彼女は知らない。知ってはならない。
伝える事も出来ず、彼女が知る事も許されない。
コーヒーを一口。心の様に苦い。
彼女はどう思うだろうか。偏屈な学者気取りだと思うだろうか。相変わらず信用出来ないと思っているだろうか。秘密主義者だと馬鹿にしているだろうか。
一番近くに居る彼女にすら、何も言う事が出来ない。誤解をされていても、それを解く事が出来ない。
孤独な作業だと思う。幾度挫折しかけた事か。
他の誰かの気持ちは要らない。ただ、彼女の理解が欲しいだけなのに、叶わない。
それでも彼は続けなければならない。
永遠の地獄に終止符を。
繰り返す悪夢に終止符を。
それが、せめてもの罪滅ぼし。与えられた罰。
罪は消える事は無い。償う事も出来ない。ただ背負い、罰を受ける事しか出来ない。
哀しいとは思わない。
そんなレベルは、とっくに超えている。
哀しみの先に見える、僅かな希望という幻。幾度手を伸ばし、裏切られてきただろうか。
裏切られる事には慣れない。だから、信じる事を辞めた。
だが、と彼は呟く。
彼女の存在だけは、それでも信じていたいのだ、と。