Dream is Question
下手な歌詞か下らない小説にありがちな言葉だ。彼女は彼の指の、その趣味の悪い指輪を眺めながら思った。
彼の華奢な指には似つかわしくない無骨な指輪。それ自体が生き物の様な形をしている。龍だろうか。瞳にはめ込まれた紅い石が彼女を睨み付けている。
指輪とは反対に、彼は至極穏やかな顔をしている。笑顔以外の表情を知らない、そんな顔だ。それに比べ彼女は、不機嫌に手足を付けたようなものだった。彼と話すときは、いつだってそうだ。そんな自分に益々不機嫌になり、彼女は彼の指輪を睨み返す。
彼女の視線に気付いたのか、彼は指輪を外して彼女に渡した。
「何よ…何コレ。輪っかになった、龍?」
「蛇だよ。正確には、ウロボロスという」
「うろぼろす?」
「神話に出てくる蛇。その指輪と同じ様に自分の尻尾をくわえて、輪になっているんだ」
言われて改めて見てみれば、彼の言う通り頭が自分の尾をくわえている。何かが巻き付いている形の指輪は何度か見たことがあったが、こんなものを見たのは初めてだった。あまり出回っていないデザインなのだろうか。
シルバーで造られた蛇は、鱗の一枚一枚までしっかりと刻まれている。頭の造形、尾を噛む牙も、気味が悪い程精巧に作られている。まるで、生きた蛇を指輪に変えてしまったかの様に。そう思うと、ひやりとした金属なはずなのに、動き出しそうな気がしてならない。
そんな彼女の気を知ってか知らずか、彼は言葉を続ける。
「輪になってるって事は…つまり、終わりがない。永遠の象徴として扱われる事も多いんだ」
「永遠、ね」
彼女は呆れた様に呟き、彼に指輪を返す。ぴたりと、それこそ巻き付く様に指輪が収まる。オーダーメイドなのだろう。
指輪の蛇―――ウロボロス、と彼は言っていた―――の視線を感じながら、彼女は彼の問いを思い返す。
永遠の地獄が良いか。
それとも、繰り返す悪夢が良いか。
下らないと一蹴する事も出来た。実際そうすれば良かったと彼女は思う。
そうしなかったのは何故だろう。彼女は自らに問う。
彼の笑顔と声。そこに答えを見付けた気がした。
既視感。いや、記憶だ。
いつかどこかで、似たような状況があった。一度だけではない。何度も、数え切れないくらい、何度も。
どうして、と彼女は呟く。
どうしてそんな事を訊くのか、と。
彼は多分、学者だ。少なくとも、何かの研究をしている。
だからこそ学生相手に講義が出来るし、学内に研究室を構える事も出来るのだろう。
彼は、何を研究しているのか。
学生相手には、至って普通の科目―――例えば基礎統計学だとか―――を教えている。専門分野は教えていない。だから彼を訪ねてくる学生も、彼が何を専門としているかは知らない。
ただ、彼の研究室に積み上げられた資料を見て推測しているはずだ。そこかしこに積み上げられているのは、世界各地の神話や民話に関する本、数々の「神」を象ったオブジェ。彼は恐らく、民俗学か宗教関係の研究者、或いは作家なのかもしれない、と。実際に訊いてきた学生もいた。彼はその度に、半分は正解だ、とはぐらかしている。
彼は、何を研究しているのか。
「君には、何度も言ったはずだけれど」
彼は時間と、世界を研究している。
とはいえ、時間学だとか歴史学といった、いわゆる普通の研究ではない。もっと抽象的な、それこそ神話や民話に近い観念での研究だった。
彼は彼女に語る。
時間は輪の様なものだ。終わりなく続いて、そしていつか、元居た場所に戻ってくる。同じ道を辿り、些細な違いはあれど、同じ結末を辿るのだと。
或いは、と彼は続ける。
時は繰り返しているだけだ。同じところから始まって、同じ結末に辿り着く。戻るのではなく、振り出しに戻ってしまうのだと。
そんな彼に、あまりにも現実離れしている、と彼女は反論する。
胸元で揺れる、鳥をかたどったペンダント。
彼の指輪の蛇、ウロボロスが終わらない時間の象徴ならば、彼女のペンダントの鳥は、繰り返す時の象徴、フェニックス。彼はそう言って微笑む。
「だから、君がどちらを選ぶのか、とても興味深いんだよ」
永遠の地獄が良いか。
それとも、繰り返す悪夢が良いか。
問い掛ける彼の微笑みは、諦めにも似た寂しさがあった。
彼の華奢な指には似つかわしくない無骨な指輪。それ自体が生き物の様な形をしている。龍だろうか。瞳にはめ込まれた紅い石が彼女を睨み付けている。
指輪とは反対に、彼は至極穏やかな顔をしている。笑顔以外の表情を知らない、そんな顔だ。それに比べ彼女は、不機嫌に手足を付けたようなものだった。彼と話すときは、いつだってそうだ。そんな自分に益々不機嫌になり、彼女は彼の指輪を睨み返す。
彼女の視線に気付いたのか、彼は指輪を外して彼女に渡した。
「何よ…何コレ。輪っかになった、龍?」
「蛇だよ。正確には、ウロボロスという」
「うろぼろす?」
「神話に出てくる蛇。その指輪と同じ様に自分の尻尾をくわえて、輪になっているんだ」
言われて改めて見てみれば、彼の言う通り頭が自分の尾をくわえている。何かが巻き付いている形の指輪は何度か見たことがあったが、こんなものを見たのは初めてだった。あまり出回っていないデザインなのだろうか。
シルバーで造られた蛇は、鱗の一枚一枚までしっかりと刻まれている。頭の造形、尾を噛む牙も、気味が悪い程精巧に作られている。まるで、生きた蛇を指輪に変えてしまったかの様に。そう思うと、ひやりとした金属なはずなのに、動き出しそうな気がしてならない。
そんな彼女の気を知ってか知らずか、彼は言葉を続ける。
「輪になってるって事は…つまり、終わりがない。永遠の象徴として扱われる事も多いんだ」
「永遠、ね」
彼女は呆れた様に呟き、彼に指輪を返す。ぴたりと、それこそ巻き付く様に指輪が収まる。オーダーメイドなのだろう。
指輪の蛇―――ウロボロス、と彼は言っていた―――の視線を感じながら、彼女は彼の問いを思い返す。
永遠の地獄が良いか。
それとも、繰り返す悪夢が良いか。
下らないと一蹴する事も出来た。実際そうすれば良かったと彼女は思う。
そうしなかったのは何故だろう。彼女は自らに問う。
彼の笑顔と声。そこに答えを見付けた気がした。
既視感。いや、記憶だ。
いつかどこかで、似たような状況があった。一度だけではない。何度も、数え切れないくらい、何度も。
どうして、と彼女は呟く。
どうしてそんな事を訊くのか、と。
彼は多分、学者だ。少なくとも、何かの研究をしている。
だからこそ学生相手に講義が出来るし、学内に研究室を構える事も出来るのだろう。
彼は、何を研究しているのか。
学生相手には、至って普通の科目―――例えば基礎統計学だとか―――を教えている。専門分野は教えていない。だから彼を訪ねてくる学生も、彼が何を専門としているかは知らない。
ただ、彼の研究室に積み上げられた資料を見て推測しているはずだ。そこかしこに積み上げられているのは、世界各地の神話や民話に関する本、数々の「神」を象ったオブジェ。彼は恐らく、民俗学か宗教関係の研究者、或いは作家なのかもしれない、と。実際に訊いてきた学生もいた。彼はその度に、半分は正解だ、とはぐらかしている。
彼は、何を研究しているのか。
「君には、何度も言ったはずだけれど」
彼は時間と、世界を研究している。
とはいえ、時間学だとか歴史学といった、いわゆる普通の研究ではない。もっと抽象的な、それこそ神話や民話に近い観念での研究だった。
彼は彼女に語る。
時間は輪の様なものだ。終わりなく続いて、そしていつか、元居た場所に戻ってくる。同じ道を辿り、些細な違いはあれど、同じ結末を辿るのだと。
或いは、と彼は続ける。
時は繰り返しているだけだ。同じところから始まって、同じ結末に辿り着く。戻るのではなく、振り出しに戻ってしまうのだと。
そんな彼に、あまりにも現実離れしている、と彼女は反論する。
胸元で揺れる、鳥をかたどったペンダント。
彼の指輪の蛇、ウロボロスが終わらない時間の象徴ならば、彼女のペンダントの鳥は、繰り返す時の象徴、フェニックス。彼はそう言って微笑む。
「だから、君がどちらを選ぶのか、とても興味深いんだよ」
永遠の地獄が良いか。
それとも、繰り返す悪夢が良いか。
問い掛ける彼の微笑みは、諦めにも似た寂しさがあった。