After Concert -5-
演奏しては修正し、修正しては議論をする。僕らの曲作りはそんな調子で進んでいった。
曲の基礎に手を加えることは無かったが、音やリズムの変更は頻繁にあった。そこに「満足」や「完成」といった言葉は無い。
この曲に完成があるとすれば、それは「一番納得の出来る妥協点」なのかもしれない。
作った僕でさえも解らないゴール。でも、それで良かったのかもしれない。
これはもう僕の曲ではない。クインテットの曲だ。
特に彼女は弦楽器パートの調整役として色々アイデアを出してくれる。ピアノの僕との打ち合わせも多かった。最初から指揮者を置いていない為、実質的な指揮者は彼女だった。
勿論、それには理由がある。
「コンサートマスター?」
「細かい事言えばコンサートミストレス、だけど。女の子だし」
略称はコンマス及びコンミス。主旋律のヴァイオリニスト、第一ヴァイオリンの彼女がそういう立場にあるのだ、と友人の兄が教えてくれた。
簡単に言えば、演奏の取りまとめ役だ。
一般のオーケストラでも、第一ヴァイオリンのトップがその職を担うそうだ。彼女が弦楽パートの調整役として僕と打ち合わせするのも当然の事だった。
一応の作曲者は僕で、彼女からすれば指揮者に相当するだろう、と友人の兄は言った。
「ま、一応指揮者の次位って立場なんだけど。ただ、元々指揮者居ないからね」
「はぁ…」
そんな大それたものじゃないです、と彼女は言った。書き込みをしていた楽譜を手にして、僕の隣へ座る。
隣、というか同じ椅子の空いたスペースだ。
「やるからには全力でやりますけど、コンミスには力不足ですよ」
「何を仰いますやら。この頑張り具合は中々だよ」
「それは…その、良い曲ですし」
「んん?別の理由でも?」
「コンミスとしての職務を全うするだけです!」
「おぉ、真面目だねぇ」
含みのある言い方に、彼女は複雑な顔をしている。
先輩の飄々とした雰囲気は友人と同じだ。やはり兄弟、からかい方はよく似ている。ヴィオラの先輩は、やれやれといった感じだ。
「あの…」
おずおずと彼女の妹が口を開く。恐らく、演奏の調整だろう。彼女がそれを受ける。
彼女の妹の表情が曇った様に見えたのは、僕の気のせいだろうか。
明日は一度通して練習すると決めて解散となった。
先輩達は早々に帰り、彼女の妹も教室を出て行った。彼女だけ帰り支度をしていない。
「帰らないの?」
「ん、もう少しだけ」
彼女はまだ楽譜を眺めていた。
「納得出来ない?」
「ううん、そうじゃないの」
ようやく顔を上げると、軽く伸びをした。あれだけ集中していれば、疲れるのは当然だろう。
「私の演奏がね、中々イメージ通りにいかないなって」
「イメージ?」
「そう。上手く弾けない」
「…そんな事は無い、と思うけど」
フォローではなく本心だったが、彼女は薄く微笑むだけだった。
実際、彼女の演奏は非の打ち所が無い。僕のピアノだけでは表現しきれなかった部分をしっかり表現してくれている。
それだけでなく、弦楽器パート全体も見てくれているのだ。その彼女がイメージ通りに弾けないのは、コンミスとしてのプレッシャーがあるからだろうか。
僕のピアノは最初からソロだ。
勿論、ブラスバンド部や合唱のピアノならば周りと合わせる。それでも指揮者に従って楽譜通りに弾いていれば、まず問題は無い。自分の演奏に集中していれば良いのだ。むしろそれが大前提で、場を仕切ったり他パートとの調整役を担当したりする事は滅多に無い。
だが、コンミスは違う。
自分以外の面倒も見なければいけないのだ。そのコンミスを任されている彼女は、その素質があるのだろう。だからこそ、それがプレッシャーになって自分の演奏が出来ないのかもしれない。
「だから、そんな大それたものじゃ無いってば」
僕がそう伝えると、彼女は笑って言った。
「プレッシャーじゃないと言えば、嘘になるけど」
「やっぱりね」
「だからって辞める訳にはいかない」
彼女は言い切った。
同級生とは思えない意志の強さが、そこにはあった。
「強いね」
僕には無い、強さ。
「違う。好きだから。作ってくれた曲も、作ってくれた人も」
その微笑みに、僕は応じる。
「そうだね。一緒にやってくれる人が居るから、僕も作っていける」
スペルミスもしてくれる、そう僕が付け足すと、それは頂けないと彼女は苦笑していた。
かちゃり、とドアが開く。
「お姉ちゃん…と、せ、先輩も帰ってなかったんですか…」
彼女の妹が少し驚いた顔で立っていた。その後ろで先生が、そろそろ閉館だと言っている。
結構な時間だ。家に着く頃には暗くなっているかもしれない。慌てて荷物をまとめる。
「あの…」
彼女の妹が何か言いかける。
「明日、通しの練習だから。よろしくね」
僕はそれを遮って家路を急いだ。
あの子がどんな顔をしていたのか、僕には解らなかった。
曲の基礎に手を加えることは無かったが、音やリズムの変更は頻繁にあった。そこに「満足」や「完成」といった言葉は無い。
この曲に完成があるとすれば、それは「一番納得の出来る妥協点」なのかもしれない。
作った僕でさえも解らないゴール。でも、それで良かったのかもしれない。
これはもう僕の曲ではない。クインテットの曲だ。
特に彼女は弦楽器パートの調整役として色々アイデアを出してくれる。ピアノの僕との打ち合わせも多かった。最初から指揮者を置いていない為、実質的な指揮者は彼女だった。
勿論、それには理由がある。
「コンサートマスター?」
「細かい事言えばコンサートミストレス、だけど。女の子だし」
略称はコンマス及びコンミス。主旋律のヴァイオリニスト、第一ヴァイオリンの彼女がそういう立場にあるのだ、と友人の兄が教えてくれた。
簡単に言えば、演奏の取りまとめ役だ。
一般のオーケストラでも、第一ヴァイオリンのトップがその職を担うそうだ。彼女が弦楽パートの調整役として僕と打ち合わせするのも当然の事だった。
一応の作曲者は僕で、彼女からすれば指揮者に相当するだろう、と友人の兄は言った。
「ま、一応指揮者の次位って立場なんだけど。ただ、元々指揮者居ないからね」
「はぁ…」
そんな大それたものじゃないです、と彼女は言った。書き込みをしていた楽譜を手にして、僕の隣へ座る。
隣、というか同じ椅子の空いたスペースだ。
「やるからには全力でやりますけど、コンミスには力不足ですよ」
「何を仰いますやら。この頑張り具合は中々だよ」
「それは…その、良い曲ですし」
「んん?別の理由でも?」
「コンミスとしての職務を全うするだけです!」
「おぉ、真面目だねぇ」
含みのある言い方に、彼女は複雑な顔をしている。
先輩の飄々とした雰囲気は友人と同じだ。やはり兄弟、からかい方はよく似ている。ヴィオラの先輩は、やれやれといった感じだ。
「あの…」
おずおずと彼女の妹が口を開く。恐らく、演奏の調整だろう。彼女がそれを受ける。
彼女の妹の表情が曇った様に見えたのは、僕の気のせいだろうか。
明日は一度通して練習すると決めて解散となった。
先輩達は早々に帰り、彼女の妹も教室を出て行った。彼女だけ帰り支度をしていない。
「帰らないの?」
「ん、もう少しだけ」
彼女はまだ楽譜を眺めていた。
「納得出来ない?」
「ううん、そうじゃないの」
ようやく顔を上げると、軽く伸びをした。あれだけ集中していれば、疲れるのは当然だろう。
「私の演奏がね、中々イメージ通りにいかないなって」
「イメージ?」
「そう。上手く弾けない」
「…そんな事は無い、と思うけど」
フォローではなく本心だったが、彼女は薄く微笑むだけだった。
実際、彼女の演奏は非の打ち所が無い。僕のピアノだけでは表現しきれなかった部分をしっかり表現してくれている。
それだけでなく、弦楽器パート全体も見てくれているのだ。その彼女がイメージ通りに弾けないのは、コンミスとしてのプレッシャーがあるからだろうか。
僕のピアノは最初からソロだ。
勿論、ブラスバンド部や合唱のピアノならば周りと合わせる。それでも指揮者に従って楽譜通りに弾いていれば、まず問題は無い。自分の演奏に集中していれば良いのだ。むしろそれが大前提で、場を仕切ったり他パートとの調整役を担当したりする事は滅多に無い。
だが、コンミスは違う。
自分以外の面倒も見なければいけないのだ。そのコンミスを任されている彼女は、その素質があるのだろう。だからこそ、それがプレッシャーになって自分の演奏が出来ないのかもしれない。
「だから、そんな大それたものじゃ無いってば」
僕がそう伝えると、彼女は笑って言った。
「プレッシャーじゃないと言えば、嘘になるけど」
「やっぱりね」
「だからって辞める訳にはいかない」
彼女は言い切った。
同級生とは思えない意志の強さが、そこにはあった。
「強いね」
僕には無い、強さ。
「違う。好きだから。作ってくれた曲も、作ってくれた人も」
その微笑みに、僕は応じる。
「そうだね。一緒にやってくれる人が居るから、僕も作っていける」
スペルミスもしてくれる、そう僕が付け足すと、それは頂けないと彼女は苦笑していた。
かちゃり、とドアが開く。
「お姉ちゃん…と、せ、先輩も帰ってなかったんですか…」
彼女の妹が少し驚いた顔で立っていた。その後ろで先生が、そろそろ閉館だと言っている。
結構な時間だ。家に着く頃には暗くなっているかもしれない。慌てて荷物をまとめる。
「あの…」
彼女の妹が何か言いかける。
「明日、通しの練習だから。よろしくね」
僕はそれを遮って家路を急いだ。
あの子がどんな顔をしていたのか、僕には解らなかった。