After Concert -3- | Minstrelsy

After Concert -3-

話に花を咲かせるカルテット(改め親類縁者と愉快な友人)を尻目に、僕は練習の準備に入る。
書き上げた曲にざっと目を通す。三分強の短い曲。
今のところ、訂正箇所は見当たらない。
このまま行けば良いのだけど、と譜面を広げる。
「せ…先輩、手書きの譜面なんですか?」
ぎょっとして振り向く。いつの間に来たのか、背後に彼女の妹が居た。
「うん、自作だし」
「自作…って、その、えっと、先輩が作られたんですか…?」
「そうだよ」
僕の楽譜を見ようと彼女の妹が屈み込む。顔が近い。
それでは見られないだろう、と身体をずらす。
「あっ、ごめんなさい!」
何もそんなに驚かなくても良いだろうに、大慌てで下がっていった。
その様子に、話をしていた他のメンバーも何事かと集まって来る。
「お前、妹ちゃんに何したんだー?」
「何もしてない」
「じゃあ何でお前に怯えてるんだよ」
「だから何もしてないって」
僕をからかう友人を尻目に、彼女と先輩は僕の楽譜を覗き込んでいた。彼女の妹も、その脇から顔を出している。
最初は興味本位の視線だったか、次第に音を追う目に変わっていく。
流石はカルテット、音楽への関心は高いらしい。友人とは大違いだ。
ただ、可能であれば僕を囲んだまま覗き込むのは止めて欲しかった。数人に囲まれると、結構な威圧感がある。
「これは―――」
ヴィオラの先輩が口を開く。視線は楽譜に向いたままだ。
「君が書いたのか」
「え、ええ…そうです」
「そうか」
静かに、そしてゆっくりと、譜面を目で追っている。友人もそれに加わった。
誰も何も言わない。
引き絞られた弓の様な緊張感。背筋を、一筋の汗が伝う。
痛い沈黙を、彼女がようやく破ってくれた。
「ねぇ、弾いてみてくれないかな」
囁く様にそう言って、彼女は僕から離れる。先輩達も席へ戻った。
「弾…くって、これを?」
僕とピアノだけが取り残される。
「勿論。興味有るんだ、純粋に」
そう呟く彼女は、何だか同い年には見えない。
「いやいやまさか…自作するヤツがいるとは、思わなくてね」
言葉だけは愉快そうに先輩が言う。
「題名は、まだ決まってないんだけど…」
僕は軽く頭を振って、気持ちを切り替えた。
静寂が、色を変えて降りてくる。


黒鍵と白鍵が指先で踊る。
秋。
それは、実りの季節。
夏の暑さに別れを告げ、冬の寒さを迎えるまでの、穏やかな時。
或いは、寂寥の季節。
黄金色の陽に染まった葉が舞い散る季節。そこに感じるのは、一抹の寂しさ。
名前の無いこの曲は、そんな季節への詩。
最初は暑さからの解放感。汗を拭う風、訪れる実りの季節への喜び。そして期待。
それを過ぎる頃、秋は落ち着き、穏やかさがやって来る。
時を忘れる夜、煌々と輝く月。
やがて僕らは、冬の声を聞く。
駆け抜ける風。木々の間を走る。
葉が舞い落ち、その風は「木枯らし」と名を変える。
静かで穏やかな、しかし寂しさを残して秋は過ぎる。
そしてそっと佇むのは、冬―――。


僕が出来る、精一杯の表現だった。
聞く人が、少なくとも彼女や友人、先輩達がどう感じるかは解らない。
黒と白の、三分と少しのダンスが終わった。
緊張を解き、息を整える。
「え、ええと…大体こんな感じ、です」
興味が有るのか無いのか、友人の兄はじっと考え込んでいる。ヴィオラの先輩も、彼女もそうだ。
やはり、素人が作った曲を発表するのは無理が有ったのだろうか。
友人だけは呆気に取られたような顔をしているが、それはいつもの事だ。
「あのさ」
挙手したのはヴィオラの先輩。
「君、弦楽器のパートも書けるかな」
「え?」
「いや、弦楽器じゃなくてもいいや。主旋律書き足したり、伴奏書き足したりするのは可能かな」
「やろうと思えば、出来ると思います」
比較的素直に答えた。やってやれない事は無いはずだ。
しかし、話が見えない。先輩は何を考えているのだろう。
「一つ提案があるのだけど」
僕の心が解ったのか、友人の兄が口を開く。
「は、はい」
「俺らと組まないか」
「…え?」
寝耳に水。鳩に豆鉄砲。蛇に睨まれた、のは違う。
混乱している。彼らは何を言っているのだろう。
「だからさ、君のその曲、一緒にやらせて貰えないかなって事」
ヴィオラの先輩がそう付け足す。
彼女が後ろで小さく頷いた。
「うん、組んでみたいなって」
たかが素人の曲だ。当然、渾身の一曲ではあるけれど、僕はプロなんかじゃない。
思ってもみなかった。
僕と、カルテットが組む。
言葉が出てこない。
「そろそろ閉館なのだけど」
先生が顔を覗かせる。
丁度良いところに、と先輩達が先生を呼ぶ。
「四人だとカルテットって言いますけど、五人だったらどう言います?」
「五人?五重奏って意味なら、クインテットと言うな」
「クインテット、ですか」
呆気に取られた僕を置いて、先輩達は宣言していた。
「エントリー変更で。俺ら、ピアノ入れます。クインテットで行きます」
「そう。一緒にやるのか。それじゃ実行委員にそう伝えとくと良いよ」
本日付で、カルテット改めクインテットとなった彼ら。
その中には僕も含まれている。僕の意志など関係なく、当然の様に。
事の重大さに気付いたのは、家に帰ってからだった。