抜殻の楽園 | Minstrelsy

抜殻の楽園

また一人、大切な人が逝ってしまった。
この世界に残された虚しさと同時に、生き残ってしまったという罪悪感にも似た遣り切れない思い。
どうして、良い人は先に逝ってしまうのだろう。
どうして、必要な人達は早く去ってしまうのだろう。
祭壇に飾られた沢山の花束。献花に、と手渡された一本の白い花。
掲げられた写真を見上げ、私は思った。
どうして、私なんかが生き残ってしまったのだろう、と。


荼毘に付される時が来た。
照りつける陽射しの中、焦れたように運転手が待っている。
その人の家族が棺に付き添い、親族がその後に続く。
これが、最期の、本当に最期の別れの時だ。
溢れ出る涙を拭う。幾ら拭っても、涙は止まらない。
私の命なんて、今尽きても構わない。だから、せめて、この人は逝かせないでくれ。
そんな身勝手な願いなど知らないとでも言うように、葬送のクラクションが鳴り響く。
その後ろを、斎場へ向かう車の列が続いていった。
見送る事しか出来ない私を、真夏の陽射しが嘲笑う。


疲れのせいか悲しみのせいか、くたびれた躯を引きずりながら家路に着く。
その足に、ちくりと痛みを感じ、思わず立ち止まった。
蝉の抜け殻が引っ掛かっていた。
電柱に張り付いていた抜け殻を、そっと引き剥がす。
いつ羽化したのだろう。
琥珀色のそれは、背中以外にひとつの破れ目も無かった。まるで、精巧に作られた薄いガラス細工のようにさえ見えた。
蝉が鳴いている。
自分はここだ、と主張しているかのように鳴いている。
あの中のどれかの抜け殻なのだろうか。
見上げる先、ジッジッと短く鳴きながら飛び立っていく。その先の木立でも、また蝉が鳴いている。
夏の陽射しの中、鳴き声は止まない。
鳴き声は、抜け殻の様な私の躯に染みこんでいく。


自分はここだ、と主張する様な鳴き声。
それに比べて小さすぎる、私の命。
それでも生きろ、と突き飛ばされた様な気がした。
ここにいると叫べ。それが生きるということなのだ、と。