闇心の楽園 | Minstrelsy

闇心の楽園

私は誰も愛さない。
そう誓った日から、私の世界は闇の中だった。
信じるものは、己の力。相棒は、懐に忍ばせたナイフ。
死すらも恐れず、生きることにも執着してこなかった。
人の心など、必要ない。


最初に彼女に出会ったのは、少し前。領主の開いた晩餐会だった。
忍び込んだ廊下で出会った彼女。
姿を見られたものは生かしてならない。口を封じようと近付く。
そんな私に、彼女は微笑み無邪気に言った。
「二人だけの秘密ね」
ナイフを握った私の手にそっと触れ、ダンスホールへと歩いていく。
ゆっくりと。私から逃げることもなく。


私の使命は、領主の暗殺だった。
幾度となく忍び込み、チャンスを窺っていても、彼女は必ず私を見付けてしまった。
「かくれんぼ、苦手なのね」
小さい子供をなだめるように、頭一つ小さな躯が私を撫でていた。
人の心を捨てたのに、何故、こんなにも暖かい?
そっと彼女に触れようとして、止めた。
血塗れの私の手で、この人を汚してはならない。
けれど彼女は、そっと私に抱きついた。
人の温もり、忘れかけていた暖かさ。
闇の中に差した、柔らかな光。


任務が下る。
明日の領主の娘の結婚式で、領主とその婿と娘を殺せ、と。
これが最後と、私は真新しいナイフを忍ばせる。


人混みに紛れ、式場へ近付く。後少し。歓声を掻き分けて進む。
護衛の騎士は私に気付いていないようだった。そっと背後へ回り込む。
陽気に喋り続ける領主を、刺し貫く。老躯が血溜まりに倒れ、歓声が悲鳴に変わる。
護衛の騎士が私に斬りかかろうとする。
私は逃げ損ねた花婿を後ろ手に掴み、騎士に突き出す。
戸惑う騎士。その隙を突いて、花婿の背を突き刺す。
くぐもった悲鳴。胸の先から、突き出た刃が騎士を睨み付ける。
動揺する騎士達と逃げ惑う観客に紛れ、私は最後の標的を追った。


教会に逃げたドレス姿。
祭壇の前に居たのは、彼女だった。
神を祭る場所とは、皮肉なものだ。私は神など信じない。
こんな運命を与える神など、必要ない。
神のシンボルを血濡れたナイフで突き刺し、私は彼女の元へと向かう。


彼女は震える唇でようやく言葉を紡ぎ出す。
「かくれんぼ、今度は私が、見付かっちゃったね」
私は真新しいナイフに口付けた。
人の心など必要ない。そう言い聞かせながら近付く。
せめて苦しまないように、狙いを定める。
そして、その躯を抱き締め、最初で最期の口付けを彼女の躯に突き刺した。
こぼれ落ちる涙。慈悲にも似た、彼女の涙。


終わった。何もかも、全てが。
動かない彼女からナイフを引き抜き、己の躯へ突き刺す。
彼女への愛を知った、私の心へと―――。