何もかもがどうでも良くなり始めていた頃、アタシは廃れた街角でひとりの男性に出会った。
名前を「フウマ」と言った。
表記は分からない。
名前を訊くと「フウマ」と答えたから、そう呼んでいる。
フウマはアタシが大嫌いなアタシの名前を、「似合ってる」と言って嬉しそうに呼んだ。
フウマは今日も、当たり前のようにボロボロのアタシの部屋に帰って来る。
「ただいま、愛子」
大きな荷物を抱えたフウマは、それをアタシに投げてよこした。
「何、これ」
「客からもらったぬいぐるみ。そんなのいらないっての」
ガサガサと封を開けると、大きなくまのぬいぐるみが顔を出した。かわいい。けど、男のフウマには必要のないものだと思う。こんなものを男にプレゼントする女の気持ちが、アタシには分からない。
まだ夜も明けきらぬ午前5時、フウマは店から戻ってくる。高級なスーツを着て、お酒と香水のむせ返りそうな匂いをさせながら。
「ホストも大変だね」
言うとフウマは「まぁね」と笑ってアタシの横にゴロンと寝転んだ。これからは、ふたりで躯を寄せ合う時間だ。
フウマは、お店でもトップを争う人気ホストだった。そんな彼が、廃れた街でアタシを拾った。フウマは何を思ったのか、それまで住んでた高級マンションを引き払い、アタシの部屋に転がり込んだ。今日で半年。アタシは小汚い小さな部屋で、フウマに飼われながら生きている。
「フウマ」
アタシはぬいぐるみを投げ出して、フウマの頬にキスをした。綺麗な顔。でも、とても疲れてる。
唇が重なった。
「愛してるよ」
フウマが言った。
アタシは、答えなかった。
フウマは苦笑いをして、もう一度、アタシに深く口付けた。



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きっと「今」は

自分を鍛えるとき

弱音吐いても

前を向いていなくちゃいけないとき



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何も手につかないのは

きっとあたしが弱いから



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「何もない」

そんなあたしを受け入れてくれるなら

それだけで良かった



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雨が降りそうだと思った。
さっきまで、あんなに良い天気だったのに。
いつの間にか太陽はたくさんの雲に覆われて、今にも雨が降りそうな空模様になっていた。
「洗濯物、入れなくちゃ」
両手にスーパーの買物袋を抱え、慌てて横断歩道を渡った。途中で、荷物を投げ出したくなった。カードのポイントが倍の日だからといって、余計なものまで買いすぎてしまった。袋を持ち直して、改めて空を眺める。
「今にも降り出しそう」
結婚してから、2ヶ月が経った。
5つ年上の夫は、とても優しい。タバコも吸わなければ、酒癖も悪くない。夫の両親とは別居で、夫もその両親も、とても良くしてくれる。新しい生活に、不満はない。
(だけど・・・)
何かが、足りない気がしていた。
何かを、失った気がした。
大切な人は手に入れた。大切な人との時間も、大切な気持ちも。それを守ってくれる人たちだっている。
なのに。
どうしても、何かが不足している。
そんな気がして、仕方がなかった。
「・・・雨」
ぽつぽつと、小さな雨が降ってきた。
家はもう目の前だ。
帰ったら一番に洗濯物を取り入れて、お風呂を洗って食事の準備をして。
小さな溜息をついて、もう一度買物袋を抱えなおすと、意を決したように大またで一歩を踏み出した。



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