先週末の注目カード。バレンシアがホームにバルセロナを迎えての1戦。



≪ビジャ抜きのバレンシア≫



スペイン代表FWでバレンシアのエースでもあるビジャが以前の試合で負傷したため欠場。


そこで、若くしてリーガ1部でも敏腕を発揮する策士エメリーが採った策は、あまりにも意外なものだった。



試合前の情報では、普段通り4-2-3-1で、1トップにビジャの代わりにジュキッチが入って落ち着くものと思われていた。しかし、スターティングメンバーの名前にジュキッチの名前はない。



観ていてしばらくしてわかったのは、どうやら1トップを務めているのは本職を左のサイドとするマタだ。となると、左のMFは誰がやっているんだ?それがなかなか見極められなかった。



トップ下にはシルバがいるし、右にはパブロ。ボランチはバネガとアルベルダ、といつもの布陣・・・それでは左には誰が?




≪エメリーの奇策≫



試合が進むにつれ、状況は目まぐるしく変わる。速いプレッシャーと試合展開。バレンシアの組織だったプレッシングから鋭い矢のような速攻がバルサの守備陣に襲いかかる。


やたらとバルサの右サイド、バレンシアの左サイドでバレンシアが数的優位を作っているような気がする。人数が多い。これはおかしい。一体何が起こっているのか・・・?



よく観てようやく気が付いた。この日のバレンシアの左MFは、マシュー。本来ならSBをこなす選手で、今季鳴り物入りでフランスリーグからバレンシアに移籍してきたタレントの持ち主。そしてさらにその後ろに左SBのブルーノ。今季の始めに、バルサの左SBの補強リストに入っていたほどの実力者だ。



その「左」にサイド際に強い左利きの選手を二人配置する。トップのマタも左利きで、本来は左サイドの選手なので左サイドに寄る意識が強くなる。さらにトップ下に入っているシルバも左利き。これだけ左利きの選手がスターティングメンバーに名を連ねることは珍しい。



エメリーが一体どこまで計算して、戦術としてこの布陣を敷いたのかはわからない。しかし、バルサの右サイドにはメッシとダニ・アウベスという世界でも指折りの強力なコンビが立ちはだかる。この日、メッシは3トップの真ん中での先発だったが、やはり意識としては右サイドに流れる傾向にあり、その時バレンシアの左サイドにはもう十分に人数が揃っている、という図式で堂々とこのバルサの強力コンビを封じていた。



それが戦術的に完璧に計算されたものなのか、はたまた個々の選手の能力の高さがその意識と個人戦術でその「左サイドの優位」を創り出していたかは僕には計れない。しかし、驚くべきはこの大事な一戦を前に、ビジャというエースを抜きで臨みながら、奇策ともとられかねないこの布陣を敷き、試合の中でうまく機能させてしまったというところにエメリーの、バレンシアの、そしてスペインサッカーの恐ろしさと真髄がある。



エメリーのバレンシアは、試合を通じてバルサの選手を焦らせ、表情を歪ませ、バルセロナのファンを何度も悲鳴におとしめた。あんなにバルサを慌てさせたのも、苦しめたのも今季バレンシアが初だろう。そこで決定機を作りながら勝ちきれなかったのがバレンシア、引き分けてアウェーで勝ち点1をもぎ取ったバルセロナが王者の強みを見せたとも言える。




≪バルサの見せ場は守護神バルデスのみに終始、疲労という見えない敵≫



バルサはこの日、バルデスに救われた。翌日の新聞もこぞってヒーローを彼に祭り上げ、「勝ち点を2つ失ったのではなく、1つ得たのだ」と慰めあって前を向くのが精一杯だった。



バルサに襲い来る“FIFAウイルス”の影。(代表戦の多さが極端な疲労を選手に課し、クラブでのパフォーマンスを下げる怖れがある、ということ)。



怪我、コンディション不良、ベストを発揮できないバルサの選手たちに、したたかにスペイン・サッカーを這い上がってきた選手たちがそのポテンシャルと本能を全身全霊に傾けてぶつかってくる。



メッシはアルゼンチンをW杯に導く闘いで心身ともに疲弊しきっており、チャビもさすがに疲労が出てきて今季のパフォーマンスは昨季に比べるとトータル的には下がっている。イニエスタは長い怪我からようやく復帰したばかりでトップコンディションに戻るにはまだ時間を要するように見えるし、イブラヒモビッチもW杯に向けた連戦による怪我と、少なからずW杯を逃した心の傷を負い、アンリも連戦により今季は怪我がち。



もう1カ月もすると、今度はアフリカ・ネーションズ杯でヤヤ・トゥーレとケイタが抜けて数勘定に入れられなくなる。



王者だからこそ、ぶち当たる難問。



今季も相変わらずバルサは強い。開幕からの数試合を見る限り、昨季のサッカーがさらに成熟しており、やはり普通に戦ったら勝ち星を落とすことはまずないように思える。



しかし、この日のように、様々な状況が重なった中で、バレンシアのようにタレントと確かな戦術と優秀な監督を揃えたチームと対戦したら・・・



今季も唯一のライバル、「新・銀河系軍団」R・マドリーを抜きにして、ほぼ独走態勢を貫こうとしたバルセロナに、一瞬暗い影を落とし、ブレーキをかけたバレンシア。こうしてリーガが混沌としてわくわくするような緊迫した試合を僕らファンに期待させてくれるのでは、とうまくボールを回せず今季初めて慌てた表情を見せたバルセロナの選手を見て僕は一人高揚した気分になり、改めてサッカーの奥深さと楽しさを胸の中に落とし込んでいった。