そう言えばいままで「声の無い人格」の事を「種」って呼んでたことを思い出しました。
私の中に「玉」みたいな形でいて、それが身体の中を動き回る。
無意識に任せて動くと、それらが散らばって「動く」のです。身体が。
昨日はわたりー師匠のワークショップでした。
シーンをやってる間に、小さな小さな解離がありました。
とっさに出てしまったため、引っ込ませることも出来ず、それでいて俯瞰的に私は自分を見ていたので「このまま任せると、一緒の人と繋がらなくなる」と思った私は、私を見てイメージした相手がどんなセリフかで合わせる事にしました。
結局はかなりシンプルなシーンで終わってしまったのですが、わたりーもいろいろ思う事はあったけれども「良し」としてくれました。
あとから聞いた話ですが、私が解離した瞬間に観ていたわたりーとペコはわかったみたいで、わたりーは途中でやめさせる準備の心を持っていたようです。
私はこの数週間「感情の変化」に重きを置いていましたから、私としては大成功なのですが、でも一緒にやってる人と繋がらないといけないと思っています。
俯瞰している私が、変化しているわたしを指示しなければなりません。
「どう繋がるか」に重きも置いています。
私は『わたし』でも演劇がしたいと思っています。
この材料をどう生かすか、いろいろ考えて『表現』に取り組んでいるわけです。
あのあと「演劇と病気は違うよ」と心配そうにそして諭すように言われた事を思い出しますが、主治医のジョージから言わせると「演劇での解離」と私の「解離」は同じだと言っています。
トランスマスクなんてそのものなんでしょうね。
あくまでも想像ですが。
感覚としてはそれぞれですが、自分の潜在意識に触れるところは似ていると思っています。
私はタイトルにあったとおり、「声のない人格」と対話しなければなりません。
蓋をして蓋をし続け、引っ込めてきました。
『種』はやんちゃです。
ゆきおちゃんはいいます。
「隠れていたんだよ」と。
私は無意識に身を任せ、動いてみることにしました。
確実に『種』に私の『器』がついて行きません。
飲んだくれのおばさんの体力も限界です。
集中力もたりません。
なんせ身体が動かないことの自意識が強すぎます。
いつもの霊の会議は私にこう言いました。
「あきらめるな~、あきらめるな~」と。
複数いました。心強いです。
私は学ばなくてはならないことは、たくさんありますが、でも私はそこで「自分を使って楽しく生きる」がベースです。語弊はありますが無理なく
自由に自由に自由に
やっていきます。
来週は山海塾の方のワークショップがあります。
とても楽しみです。
無理なく「声の無い人格」と対話出来たらと思っています。
神さま
あなたのもとにいる『種』は、あの日の約束の舞のわたしですか
私の中に「玉」みたいな形でいて、それが身体の中を動き回る。
無意識に任せて動くと、それらが散らばって「動く」のです。身体が。
昨日はわたりー師匠のワークショップでした。
シーンをやってる間に、小さな小さな解離がありました。
とっさに出てしまったため、引っ込ませることも出来ず、それでいて俯瞰的に私は自分を見ていたので「このまま任せると、一緒の人と繋がらなくなる」と思った私は、私を見てイメージした相手がどんなセリフかで合わせる事にしました。
結局はかなりシンプルなシーンで終わってしまったのですが、わたりーもいろいろ思う事はあったけれども「良し」としてくれました。
あとから聞いた話ですが、私が解離した瞬間に観ていたわたりーとペコはわかったみたいで、わたりーは途中でやめさせる準備の心を持っていたようです。
私はこの数週間「感情の変化」に重きを置いていましたから、私としては大成功なのですが、でも一緒にやってる人と繋がらないといけないと思っています。
俯瞰している私が、変化しているわたしを指示しなければなりません。
「どう繋がるか」に重きも置いています。
私は『わたし』でも演劇がしたいと思っています。
この材料をどう生かすか、いろいろ考えて『表現』に取り組んでいるわけです。
あのあと「演劇と病気は違うよ」と心配そうにそして諭すように言われた事を思い出しますが、主治医のジョージから言わせると「演劇での解離」と私の「解離」は同じだと言っています。
トランスマスクなんてそのものなんでしょうね。
あくまでも想像ですが。
感覚としてはそれぞれですが、自分の潜在意識に触れるところは似ていると思っています。
私はタイトルにあったとおり、「声のない人格」と対話しなければなりません。
蓋をして蓋をし続け、引っ込めてきました。
『種』はやんちゃです。
ゆきおちゃんはいいます。
「隠れていたんだよ」と。
私は無意識に身を任せ、動いてみることにしました。
確実に『種』に私の『器』がついて行きません。
飲んだくれのおばさんの体力も限界です。
集中力もたりません。
なんせ身体が動かないことの自意識が強すぎます。
いつもの霊の会議は私にこう言いました。
「あきらめるな~、あきらめるな~」と。
複数いました。心強いです。
私は学ばなくてはならないことは、たくさんありますが、でも私はそこで「自分を使って楽しく生きる」がベースです。語弊はありますが無理なく
自由に自由に自由に
やっていきます。
来週は山海塾の方のワークショップがあります。
とても楽しみです。
無理なく「声の無い人格」と対話出来たらと思っています。
神さま
あなたのもとにいる『種』は、あの日の約束の舞のわたしですか