今日は岩手の中学2年生が自殺したニュースを見て、胸が痛みました。
親御さんや周りの方たちが、彼がどんな大人になるか楽しみだったに違いありません。


原因はいじめだったようです。
とても残念なニュースでした。
心からお悔やみ申し上げます。


私は中学校3年間、男子全員からいじめられていました。その時に幼くて若い私は、当時強く思ったのが「私は負けないよ!!!」って思いました。だから学校は絶対休みませんでした。

事態がひどくなって先生が見かねて、いじめの主犯格と私と先生とで3人で話しました。事態は更に最悪になりました。先生は私を責め始めました。当時私はやんちゃ娘でしたから、先生への印象はかなり悪かったのです。ただ、いま何故先生に責められたか、常に都合のいいように解釈する私は全くわかりません。だって悪口言われたり、無視されたり、机の中の物が全部荒らされたりしたのは私でしたから。だから私は当時の先生が大嫌いになりました。卒業して偶然会って声かけられても「無視」しました。当然の報いです。


高校に入ってからまた事態が変わりました。あれは高校2年生のころでしたでしょうか。私は当時いろいろな劇団のお手伝いにまわっていました。その話を聞きつけたのか、いじめの主犯格から連絡がありました。


「一緒に劇団作らないか」と。


彼にかなり恨み辛みがあったので、きっぱりと断りましたし、彼がどんな芝居をしたかったのかも知っていたので、迷いはありませんでした。後で知ったことですが、いじめる側はいじめたことなど忘れてしまうのです。


でもこの歳になって、こんな勘違いもします。



彼はきっと私の事が好きで、私と男子が話しているところを見たくないがゆえに、男子全員に「あいつと話すな」と言ったのかもしれません。


そう思うと不器用でアホな彼が哀れに感じました。


ちなみに彼と私は家が目の前でした。
中学3年間、学校でも家から帰っても意識せざるおえない環境でした。



だからいじめられて悩んでいる人に言いたい。
大人になっていくに連れて、立場が変わることもあるからぜったい生きるのだけはあきらめちゃいけないんだと。
男性へ異常なほど、負けず嫌いを発揮する私はこの中学時代がベースだったりするわけです。




さて前置きがながーくなりましたが



もうすぐアラフィフ。
準備に入ります。


40歳では演劇を始めました。
当時の元旦に「インプロ」を発見した覚えがあります。


いままでいろいろありましたが、これからますますがんばって行きたいと思っています。


でも大人なのでゆるりと行きます。


私の材料は今まで散々書いたので、ここではあえて書きませんが



まず人格を統一させるには、いっこいっこを認めなければなりません。


仕事をしていると「解離」していることを忘れます。
いい状態です。

ただそれは、自分に蓋をしているだけであって、私の内側なる者をちゃんと認めなければなりません。


二つの「声」の男性と女性の人格は二つに見えて一つです。
この「声」はとにかく私が前向きに生きるよう、人々が前向きに生きるようアドバイスしてくれます。長年の付き合いなので放っておくとします。


ひとつの「声のない人格」についてはいまどうするか、準備段階です。
私はこの「声のない人格」とちゃんと向き合わなければなりません。


もうひとつは「私の世界観」をどう表現するか、思案中でございます。
これもわたしひとりではどうにもならないので、準備段階です。


あともうひとつ「書くこと」について、いろいろ考えています。
無意識に任せ、書くのは嫌いです。
ただ意識と無意識と併せてどこまで書けるのか、いま猛烈に考えています。


この「書くこと」について、このブログを読んでいる方にお願いです。


この一個前に書いたブログを読んで下さった方はわかるかと思いますが、私は今まで自分を『主人公』に見立てて書いて来ました。


今度は誰か今までのことや今のこと、なんでもいいのでここで書いてもいいよ。と仰るかたはいませんか。


語弊があるかもしれませんが、私は一応『人と濃厚に接する仕事』をしています。
私の観点からあなたの人生をドラマ化したいのです。


だれかいたら、遠慮無く言って下さい。
ただ手を挙げて下さった方の人生なので、大事に大事に取り扱いたいと思っています。
でも嘘などはいいませんし、皮肉もかきません。等身大です。



ゆるりとやっていきますので、一番最後の将来の夢に「死ぬまで叶えばいい」と思っています。


ただそこのベースは「自分を使って楽しむ」がベースになってくるのです。


だからこその『挑戦』なのです。




だれか取材に応じてくれるかたー!
よろしくお願いします。



神さま
あなたの前にあなたのわたしを