今年はよく雨が降ります。
私は雨は好きなので、大歓迎ですが。


昨日の記事はバカがばれましたね。なんせ思いたってから書き終わるまで、他の事をしながら2時間で書いた訳ですから、そうとうあっさいあっさい記事に仕上がっています。どうかご勘弁を。


この歳になるといろいろ問題がディープになってきます。私も両親の事でいまかなりまいっています。何のことかは書きませんが、とてもショックです。私たちは親を見て自分の将来を感じるのだと強く思いました。歳をとればとるほど。たぶん娘もそうでしょう。だから明るく元気な変態ばあさんを目指します。

この間、改札を出るときに多少のズレがあって、となりのおじさんより先に私が改札を出たとき、私はおじさんに『舌打ち』をされました。私はぞくぞくして、心の中で腕まくりをし身を乗り出しましたが、私の中の「理性」が「いやいや、やまなはれ」と背中を引っ張ったので、おじさんとケンカすることはありませんでした。ありがとう「理性」。父の血がしっかり流れている事を実感した瞬間でした。



私は次のページを書くための準備で今を書いています。


以前にも書きましたが、禅の世界では自分の事を『主人公』と言うようです。あと私が高校生の頃に影響を受けた映画『ホテルニューハンプシャー』では4人目の兄姉、妹のリリーがこう言っています。(かなりうるおぼえですが)


「人生ではみんな主人公なのよ」と。


私はなぜあの映画に影響を受けたかというと、あの映画は言葉の宝箱のような映画でした。
当時私はレイプにあったその後で、姉フラニーがレイプをされ、レイプの主犯格が「いつかわたしのところに来てくれる」と淡い心を抱く事に、当時の私は共感しました。

彼女は集団レイプでしたが、私はそうではなかったので、初めて肌を重ねた相手に若かった私は「淡い期待」をしていた、愚かなフラニーと私を重ねました。今でも彼女のセリフを聞いて震えた自分を思い出します。


私はある人に言われました。


「のぶはドラマティックな人生だからね」と。


でも私は日常を無理なく過ごしています。
たとえショックな事があっても、そこから抜け出せば、みんなは日常な訳ですから私はそこへ合わせなければなりません。


悲しいことのドラマに浸るよりも、日常で「わはは」と笑える力を作る自分が一番いいと昔から思っています。


ただそこまで行くまでに、かなりの時間を要しましたし、蓋を閉めてぎゅうぎゅうな自分もいました。


この歳だからこそ、過去の全てをしっかり受け入れ先に進むことが出来るのです。



私はここで自分にある、自分に起こったこと全てを、等身大で書きました。



私に「ドラマティックな人生」といった方は、私の話やブログを見て言ってくれているのだと思っています。



人生と言う時の中で、私たちはいつも「サラリ」と過ごしてしまいます。
過去を振り返り「ああ、私ってこうだったんだ。こう思っていたんだ」と思う方はいるかと思います。



私は『主人公』です。
でも読んでいるあなたも『主人公』なのですよ。


今一度、自分の人生を振り返り、少しドラマティックな自分に雨の音を聴きながら、浸ってみて下さい。


これからの自分への、なにかヒントになるはずです。



幸せはやって来ません。
幸せはそこら中に溢れています。

ただそこを感じ取れるかどうかなのです。


リリーは言いました。

「みんな主人公なのよ」とね。



神さま
明るい未来に私へのご加護を