言葉は生きていると思うのです。
誰かが発した言葉でも、SNSなどでも発した言葉は生きていると思うのです。
『言霊』と言う言葉もありますしね。
だから流れるタイムラインなどを見ていろいろ感じるわけです。
時々出す、元夫の悪口はいろいろと「許される」と勝手に思っているからなのです。
彼は私に離婚した時に言いました。
「死ねばいい」と。
16年間、彼の家族で生活を共にした戦友だと勝手に思っていました。
彼は長年「鬱」を患っており、励ますことも慰める事も出来ませんでした。
私は専業主婦をしていましたが、核家族で転勤が多く誰にも頼ることなく子育てをして来ました。
この時は辛く、私も鬱になったほど。
主人のサポートも子育ても大変でした。
一緒に生活するうちに、だんだん彼の鬱に慣れて「見なかった」事にする術を身につけました。
それから恐ろしいほど、もともとしなかったケンカや向き合うことをしなくなりました。
女が出来た時は、正直安心しました。
元夫が元気になれるかもと思いました。
長年の夫婦生活が壊れて、一番感じているのは「愛」には忍耐強さがかなり必要なんだと思いました。
向き合ったり
見守ったり
抱きしめたり
触れたり
いままで我慢に我慢を重ねた結婚生活。
悪妻になりきりました。
そのしわ寄せが、この間ふった彼に行ったんだと思ってます。
泣いたり笑ったり開き直ったり、子供みたいになりました。
『エゴ』だったわけです。
今ごろになって思い出します。
元夫と結婚する時のプロポーズが
「君といると元気になれる。これから僕を元気にして欲しい」
と恥ずかしそうに言った、若い頃の元夫の顔を思い出します。
元気にしてあげることできなかったね。
ごめんね。
離婚後、娘たちから聞くと、かなり鬱が悪化しているようです。
でもね。
それは仕方ないのです。
私に対しての『エゴ』を突き通した人。
ましてや長年連れ添った妻に罵詈雑言を吐いて、私を陥れて子どもを巻き込んで女のところに行きました。
元夫は『愛』を勘違いしているようでした。
だから時々、悪口を言うのです。
ざまあみろです。
ここではまず自分とつながります。
でも悪口は元夫に言っているのであって、読んでいるあなたには言っていません。
ご承知おきください。
母親に「悪いこと言ったら、全部自分に返ってくるよ」
そう教育されました。
ママに怒られちゃう。
いまいろんな人を思い浮かべて書いてます。
誰が何を思うか。
愛とは向き合うことだと思うのです。
時に見守ったり
時に寄り添ったり
抱き合ったり
励ましたり
なだめたり
向き合ったり
次に誰かに出会った時は、そんな恋愛をしたいと思うのです。
神さま
私に赦しの愛を