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日本橋にあったお店の名前。

『豊丸』

これはむかーしむかーしの誰もが知っている、昭和終わりの頃のAV女優さんの名前です。

思い切ったなぁ。
よく付けたなぁ。
なにか意味があるのかなぁ。

彼女かなりブレイクしました。

当時の自分が蘇ってきます。
なつかし~



今では演劇のワークショップなどあり、演劇できる機会がたくさんあるけれど、演劇をしたかった若い私は、やる場所を探すとなると、当時は高いお金を払いどこかの劇団の研究生になるか(オーディションも難しかった)、当時発売していた「ぴあ」と言う雑誌の下に書いてある「劇団員募集、未経験可」を探すかでした。

17才でお金の無い若い私は、雑誌ぴあの劇団員募集のところにあちこち連絡しまくり、とりあえず稽古だけでもさせてくれる所を探しました。

稽古や舞台のお手伝いもいい経験になりましたが、行くところ行くところ必ず「AV女優にならないか」と言われる事が多く(映画学校の映画の制作に出演したこともあったなぁ。あれはおもしろかったなぁ)、あまり言われるので、断るのが面倒臭くなり一度AV女優になろうと決めた事がありました。当時は「顔がいやらしいから」とよく言われたこともあって「それが天職か」と勘違いしたこともありました。

OKしたら、早い早い。
どういう風に売り出すかとか、まだ未成年だったので、事務所の社長がいつ家に挨拶するかとか、かなり具体的に話は進みました。

私はただただ、演劇がしたかっただけなので、話が進んでる間も芝居の稽古に行かせてもらったり、舞台のお手伝いしたり。

チケットノルマ要員だったことも。
高校生なので、タダで経験させてくれる所もありました。

でもあまりにAVの話が進むので、演劇はやめてAVの世界に行くことに決めました。

そこからAV女優の勉強しました。
ビデオ、雑誌、未成年だったので借りたり買ったりするのに苦労しました。
こんななのか、あんなのかと勉強になりました。写真の名前の豊丸さんは細い体でかなりハードな演技でした。かなりリアル。勉強していく中で、あの頃は多分大抵の子がAVに誘われる時代でしたから、出たら自分がどうなるかも予想はついてました。よく知らない男性に身を任せる不安もあり、そこには希望はありませんでした。でも引き受けてしまった以上やらねばならないと思っていました。



当時外苑前にあった小さな喫茶店で、アルバイトをしていた私は、そこで良くしてもらっていたお兄さんに最後の演劇活動と決めたノルマのチケットを渡して「これが演劇最後。出演しないけどよかったら来てください」と言ったら、お兄さんに「なんで最後なの?」って聞かれたので「AVデビューすることになったから」と話が重くならないように笑って話した記憶があります。

お兄さんは受け取り「行くよ」と言って、公演に来てくれたのです。
公演のあと、照れくさそうに「今度手紙書くから、住所教えて」と言われ、小さな名もない劇団の芝居を観に来てくれたことに嬉しかった私は彼に住所を教えました。


その数日後、彼から手紙があったのです。
公演の感想かと思って手紙を開けて読んだ時、書いてあったのはAV女優への反対の手紙でした。

『僕の知り合いでAV女優がいます。誘われてAV女優になったのですが、体力的にも精神的にも疲れ果てて、彼女は「普通の一般の社会人になろう」と決めました。まずはウエイトレス。ただ顔も名前も知られているため、どこに行ってもばれて長くは続かず、結局はAVの道に戻る事になってしまいました。AVは男性の玩具になります。いろいろな目で見られます。君はそういう子じゃないよ』と。彼の公演の感想は「タイトルが良かった『遠い空を見てた頃』。僕のペンネームだからね『空』は」と。

省略して書きましたが、そういう内容の手紙でした。


彼の手紙は20数年経った今でも持っています。
あの当時は何かあると、その手紙を読んでいた記憶があります。


加島空さま

お元気ですか?
20数年前、小さな名もない劇団の公演に来て頂きありがとうございます。
お手紙拝見しました。
お返事がかなり遅くなり、大変申し訳ございませんでした。

加島さんのお手紙を頂いてから、人生が変わりました。
あれからAVのお話は断りました。
当時は男性から初体験で暴力され、その後その男性から性的行為を強要され続けて来た私は、あのころは男性の玩具にしかならないと思っていました。強要した彼を好きになろうとしたり自暴自棄になっていました。私がいけないとも思っていました。自分はAVは自分にふさわしいとも思ったりしていましたよ。若気の至りってやつですね(笑)

それからいろいろありましたが、結婚し二人の娘がいます。(結婚はダメになりましたが)
下の娘は今度加島さんと私が会った頃の17歳。上の子は今度19歳。
不思議なものです。
私もおばさんになりましたが、加島さんもきっとおじさんになっているでしょうね(笑)

性の事を大事にしたいと思っているのに、その反面、性の事をおもしろおかしく言う習慣がついてしまって、かなり男性に勘違いされて苦労しました。

男性の玩具にしかなれないと思っていた私ですが、今では心を許し、体も許せる男性とも出会ったりしましたよ。

心が繋がる事全てが、体が繋がる事全てでは無いことを、加島さんは教えてくれました。
時間はかかりましたが、男性と心が繋がる意味がわかったような気がします。

いまでも心に残っています。
「君はそんな子じゃないよ」って。
嬉しかった。
とっても。

あと芝居は面白くなかったのですね。
承知しました。
私も稽古の時から面白くないと思っていました。
だから実はかなり気が引けてましたよ。
やっぱり私が出ないとダメですね(笑)
私が出演するときは、ぜひ面白いのに仕上げたいと思っております。
がんばります。

本当に本当にありがとうございました。


かしこ



今日はお天気が良く、外出し忙しかったので何度も何度も空を見上げました。
その度に「遠い空を見てた頃」を思い出しました。
彼はまだこの空の下にいるんだろうか。



思いがけないところで過去を振り返った日。
明日からまた一歩先に進める。